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10.学園へ

月草視点

 二月。しんしんと冷え込む早朝に、先代に突然呼び出された。

「お前さん、ちょっと学園に行ってくれないかい?」

「届け物ですか?」

「いんや、違うよ。この四月から学園に通ってもらいたいんだ」

 従者は、年齢が違っても主と同じ学年に入学するのが通例だ。もちろんその方が仕えやすいからである。昨年青柳と一緒に入学するように言われなかった時点で、従者はつけずに過ごさせるつもりだと思ったのだが。

「何かがあったのですか?」

「……なにもなかった、ってえのが正解かねえ」

 先代は大きくため息を吐き出した。

「学園の中に放り込んでみたが、なぁんにも変わりやしなかった。このままなら早々、司は人の心を無くすだろうさ。

 そうなれば地獄だあね。なまじっか強い力を持ってるもんだから余計にね。お前さんにはそうなる前に司を止めてもらいたいんだ」

「……私に次代を止められるとはとても思えないのですが」

「お前さんは司が一番長くそばに置いた人間だ。お前さんにできなきゃあ他の人間にできる道理がないね」

 そばに置くもなにも、ただ単に防御特化だったから殺されなかっただけだ。青柳がオレの言うことを聞いたことなんてまったくない。

 青柳が曲がりなりにも言うことを聞くのは先代に対してだけだ。

「死に損ないのじじいにゃあ荷の重い仕事さね。この先もって数十年。ずっといられるわけじゃないからね」

 オレにだって荷が重いと言いたいが、先代の決定を(くつがえ)せるはずもない。

「どうしたって無理だって言うんなら、お前さんの手で殺してくれたっていいんだよ。じじいだって孫はかわいいが、つけなきゃいけないケジメってぇもんもある」

 それこそ無理だ。防御しか能のないオレがどうやったら青柳を殺せるというのか。返り討ちにあう未来しか見えない。

 暗澹(あんたん)たる気分になりながら学園への入学準備を整えているうちに、あっという間に四月が来てしまった。


     *


「ああ、来たんだ」

 悲壮な覚悟をして挨拶をしに行ったオレにかけられたのがこの一言だ。

 通常通り過ぎて力が抜ける。

「一年下にいますから、用があったら言ってください」

「特にないと思うけど」

 ぼんやり言う青柳に内心苦笑する。

 たしかに用があるのはこちらだ。青柳の様子を監視し、壊れる前に止めなければならない。

 気づかれないように使役獣の蝶を一匹、青柳につける。

 これで青柳の居場所はどこにいてもわかる。


     *


 数日後。青柳と廊下を歩いていると一人の女子生徒が近づいてきた。

 鮮やかなピンク色の髪をした彼女は、不自然なほどにこやかな笑顔で青柳に話しかけた。

「司くんこんにちは。あなたお母さんを殺しちゃってお父さんに(うと)まれて育ったのよね?」

 誰が聞いているかもわからない廊下で言うには不穏当な内容を甘い声でささやいて、グロスをたっぷりぬったつやつや光る唇で笑みを作る。

「かわいそうなあなたをわたしは見捨てないわ」

 長いまつげでふちどられた大きな目は、可愛らしく上目づかいをしている。だが、青柳の後ろから見ていてもその視線が青柳をとらえていないのは容易にわかった。

 またね、と手を振って彼女が去ってから青柳がぽつりとつぶやく。

「なにあれ。……母親って死んでたっけ?」

「亡くなってはいないと思いますが。調べますか?」

「いらない」

 青柳の母親は青柳の幼少期に大怪我を負い、屋敷から逃げ出した。

 今はどこにいるのかわからないが、死んだという話は聞いていない。

 どこからあんな話が流れたのかはわからないが、確認していたほうがいいだろう。

 このときのオレは、彼女が関わってくることであんなに面倒なことになるとは、まったく予想することもできなかった。


     *


「司く~ん」

 ピンク色の彼女……妻紅(つまべに)(じょう)の声がしたとたん、青柳の機嫌が急降下した。

「わたし数学でわからないところがあってぇ。教えてくれたら嬉しいな?」

「他のやつに聞けば」

「わたしは司くんに聞きたいの!」

 腕をつかんで胸を押し付ける妻紅嬢に、苛立ちを抑えるように青柳の顔が笑みを作る。

「もうどこか行けば?」

「なんでそんないじわる言うのぉ?」

 抑えきれない青柳の苛立ちに気づいていないはずはないのに、蒼白な顔で声だけはやたらと甘く青柳に付きまとう。

 これが休み時間ごとにずっとらしい。

 日を追うごとに青柳の苛立ちが加速して、今では声をかけるだけで攻撃される状態だ。今のところ色付きは殺していないが、その分群衆は苛立ちのはけ口にされて大量に殺されている。

 教室中を赤く染めて折り重なるように倒れる群衆の中、壮絶な笑みをたたえて突っ立っている青柳の姿は、はた目にもひどく危うい。

「なにあれ気持ち悪い。殺したい」

「駄目ですよ。先代の命令です」

「なんで殺しちゃいけないの。気持ち悪い」

 話しながらも妻紅嬢がさわった腕を、取れない汚れを落とそうとするように執拗(しつよう)にこすっている。このままだと皮膚までこそげ落としそうな勢いだ。


     *


 さすがにこの状態はまずいので、先週の土曜に先代に相談に行った。

 先代は何か事情を知っているらしく、珍しく眉根を寄せてうーんとうなった。

「うちには無用の長物だが、欲しがってる人間もいるらしいからなあ。司が殺しちゃあ、ちとまずい。色付き、特に妻紅の嬢ちゃんは絶対に殺すなって伝えておいてくれるかい?」

「ですがこのままだと次代の精神状態は悪化する一方です。せめて妻紅嬢と接触する時間を減らすよう働きかけてもらうことはできないでしょうか」

「話を聞くかぎりじゃあ、司との距離を縮めたがってるんだろ?それ自体は悪いこととは言えない。こっちからどうこう言うのは難しいねえ」

「ではせめて、教室にいる時間を減らす許可を下さい。次代を監視する者としての要請です。このままでは本当に危険なんです」

 近くで見ているからこそわかる。今の青柳はぎりぎりの状態だ。元々他人に触れられるのが嫌いな青柳は、妻紅嬢に接触されるだけでも相当なストレスになっている。

 このままでは先代の命令があっても妻紅嬢を殺すのは時間の問題だ。

 先代はふうむ……と腕を組んだ。

「そこまでってえんなら仕方ない。ただし朝二時間と生徒会だけはサボらずに行かせるんだよ」

「ありがとうございます!」


      *


「とにかく許可はもらってきましたから、生徒会が始まる放課後までは逃げていいです。あ、最低限昼食はどこかで食べてくださいよ」

「気持ち悪い。食べたくない」

「無理でも口に突っ込んでください」

 購買で買ってきたパンが入った袋を無理やり持たせる。

 まさかたった一人の人間に青柳がこれほど調子を狂わされるとは思っていなかった。

 ……いい方向でないのが非常に残念だが。




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