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第五話 勘違い

 第五話 勘違い

 

 マルコ達の活躍により、束の間の平穏な日々を得ていた村であったが──、現在は物々しい雰囲気に包まれていた。


「マルコ達の不在を狙ったわけではないようじゃが……」


  ホフレは村長の家を出て、外を囲むように配置された兵士たちを一瞥した。


「さて、用向きを聞くとするかのう」


  取り囲む兵達にひるむことなく、ホフレは前へと足を進める。


「お前が村長のダンか?」


  兵を引き連れた男がホフレを見下ろした。

  辺境の村にある老人にしては背が高く、足取りが軽やかなホフレ。

  男は違和感を覚えたが、『村長のダンは元軍人だった』と聞いていたため、納得した。


「元軍人だけあって、足腰はしっかりしているらしいな」


「ふむ? おぬしは?」


「私はこの地を治めるお方に仕える兵だ。名を覚える必要はない」


「私兵のまとめ役ということかの」


「そんなことを聞いてどうする。いいか、よく聞け、これはご領主様直々のご命令だ。孫娘共々同行してもらうぞ」


「はて。ご領主様とやらは何の用かのう」


「お前も知っての通り、この国は未曾有の災害に見舞われた。領地の復興のため、お前らがすべき事についてご領主様直々にお言葉を下さるそうだ」


「エミリアは関係ないと思うんじゃが」


「付近の村々の代表の中には、領主様のありがたいお言葉を拒む愚か者もおったのだ。以来、手間を省くために家族全員を連れてくるようにと御達しが出た」


「ほう。それはまたずいぶんと──」


  ホフレの小さな瞳が眇められた時、家の扉から一人の少女、エミリアが出て来た。


「エミリア。家に入っていなさいと言ったじゃろう」


「え、で、でも……!」


  常にないホフレの語気の強さに、エミリアは戸惑った。


「戻る必要はない。三人で暮らしていると聞いたが、後一人はどこにいる?」


「ジョンはしばらく戻らぬ。準備をしてくるでな。ここでしばし待たれよ」


  そう言ってホフレは再び家に戻った。

  それからダンへ状況を手短に説明して、マルコ達の帰りを待つよう、指示をしたのだった。

  ホフレは兵達の勘違いを利用して、エミリアとともに馬車に乗り、領主の待つ屋敷へと向かう。

  馬車が出発してしばらくは二人とも無言で揺られていたが、村を出て数刻が過ぎた頃、エミリアは申し訳なさそうな顔でホフレに頭を下げた。


「おじいさん。巻き込んでしまって、ごめんなさい」


「む? なぜおぬしが謝るんじゃ。此度の件はおぬしのせいではないじゃろう」


「だって、ご領主様の話はきっといいお話じゃないから。……お祖父ちゃんから、もう、ご領主様のことは聞いた?」


  話題が話題だけにエミリアの声も小声になる。

  ゴトゴトと田舎の悪道を行く馬車の中の会話など、外の人間には聞こえないだろう。

  しかし、用心するに越したことはない。

  ホフレもエミリアに合わせて小声で返した。


「領主の館にこもりきりで、魔物討伐のための兵を出すことも拒んでいると聞く。そのくせ復興のためとして税を上げる通知を出しているそうじゃな。辺境の寒村であるダンの村までわざわざ兵をよこすとは、よっぽど金に困っているのじゃろうな」


「辺境の寒村で悪かったわね!」


「ダンがそう言っておったのじゃ。大きな農村から始まって、さほど収穫が見込めない小さな村からも税を搾り取ろうとしておるらしいぞ」


「そこまで聞いているのに、お祖父ちゃんの代わりについて着たの?」


「ダンの村には追加で税を納められるほどの蓄えはないじゃろう。だからわしらが着たのじゃ」


「え? それってどういう──」


  エミリアが言葉の意味を聞き返そうとした時、馬車が止まった。


「どうやら到着したようじゃの」


  馬車の扉が開かれ、二人は屋敷の門をくぐった。

  領主の館は古い石造りの館であった。

  館の周りには堀があり、周囲は先の尖った木の柵で覆われている。

  館から伸びる石畳の道をたどれば、その先に町があるのだろうと想像できた。


「国外れの領主の館にしては、悪くないのう」


  兵士たちに気づかれないくらいの声で、ホフレは屋敷をそう評価した。


「これからご領主様にお目にかかる。失礼のないようにな」


  木造の大きな門をくぐった後は、見苦しくない程度に整えられた緑の庭を抜けて屋敷の中へと案内をされる。

  屋敷の床石の上には立派な赤い絨毯が引いてあり、とても金に困っているようには見えない。

  廊下を通り、階段をいくつか上がると、一等立派な作りの扉の前で兵士が立ち止まる。


「ご領主様はこちらでお待ちだ。中に入ったらこうべを垂れ、声がかかるのを待て。許しがあるまで決して顔を上げてはならんぞ。ああ、後、当然ではあるがご領主様より返答を求められた時にのみ、言葉を発するように。それ以外は黙って頭を下げていろ」


  田舎の村人にでもわかるように、簡単な作法の説明をして兵士は扉を叩いた。


「ザインさま! お連れしました!」


  二人をここまで案内した兵士が扉に向かって声をかけると、扉が内側から開く。


「入れ」


  扉を開けた別の兵士に促され、ホフレとエミリアは室内に一歩入り、入口のすぐそばに跪いてこうべを垂れた。


「ルスティカ村の村長であるダンと孫娘のエミリアだな。面をあげよ──おぉぉおッ!? は? うえっ!? な、なんで! 大将軍閣下が……!?」


  部屋の奥、一段高い作りの石畳の上に置かれた、椅子に踏ん反り返っていた領主──ザインはホフレの姿を見るや否や、大きく後ろの仰け反り、椅子ごと倒れた。

 室内に敷き詰められた赤い絨毯の上で、四肢をバタつかせながら後退するザイン。

 その奇行と必死な表情を見て、兵士たちは困惑した。


「ザインさま。一体どうなさったのですか」


「ば、ば、ば」


「ばばば?」


「馬鹿者ォッ!? ワシはなあ、臆病者のダンを連れて来いと言ったのだ!」


「え、ええ。ですからこうしてルスティカ村からお連れしたんですが」


  兵士たちの視線を受け、ホフレは顔を上げるとぼけたように微笑んだ。


「ふむ。しかしじゃ、わしは自分がダンという名だとは一言も言っておらんぞ。おぬしらが勝手に勘違いをしたのじゃ」


  ザインは天を仰ぐようにして、ぴしゃりと額を叩くと、両の手で自身の目を覆った。


「あー。そうだ。このお方はそういうお方だった! よし、分かった。人違いという事で、このままとっとと帰りやがれください!」


  荒い言葉で罵りながらも、ザインは胸の前で両の手を組み、祈りよ届けとばかりに全身を震わせた。


「まあ、待て。ザインよ。兵士たちが勝手に勘違いしただけじゃがの。わしはわしでおぬしに用があるのじゃ」


  跪いたままではあるが、妙に馴れ馴れしい口調のホフレに兵士たちの顔が険しくなる。


「さっきから黙って聞いていれば、礼儀をわきまえぬ田舎者が!」


  いきり立つ兵士を呼びたのは、悲鳴じみた領主の声だった。


「待て! 待て待て待て。良いから、ケンカを売るんじゃない! おまえら落ち着け!」


  オロオロとしながら、親指の爪を噛む領主。

  どう見ても落ち着く必要があるのは領主の方であった。


「ご安心くださいザインさま。何を怯えていらっしゃるのですか、こんなジジイと小娘の一人二人くらい、この私に──へブッ!?」


  剣など必要ないと言わんばかりに男はホフレに手を伸ばした。

 ホフレを押さえつけ、素手で己の優位性を示すことで、老人に怯えるザインを落ち着かせようとしたのだろう。

 しかし、気付けば彼は宙を舞っていた。


「兵士長!? っ、このジジイ!! グハァッ!?」


  一瞬の出来事に惚けていた兵士たちもホフレに剣を向けるが、結果は同様である。

  瞬きほどの間にホフレの体が肥大したかと思うと、目にも留まらぬ速さで拳が迫りくる。

 ホフレは跪いたままに見えるのに、部屋の兵士たちの半数が床石の上に転がっていた。


「ひえっ……だ、だからやめろと言うたのに! 見た目はジジイだが、三十年前から年を取らぬし、なぜか力も増している化け物だぞ。一人でも手に余るのに、怒って仲間を呼んだらどうする! この屋敷がなくなってしまうではないか!」


  ザインは半狂乱になって、領主の椅子の陰に隠れた。


「ザインよ。おぬしは軍にいた頃から臆病な男ではあったがの。わしを魔物扱いするとは。これまでいろんな名で呼ばれたことはあるがのう、流石に傷つくわい」


  ふぉっふぉと特徴的な笑い声とともに、ホフレは続けた。


「臆病なのが悪いとは言わんがの。領主ならばきちんと仕事をせねばならん。領民を守るのも領主の仕事であろう」


  言っていることは至極まともで、口調も優しげであるのに、なぜかザインの体の震えは止まらなかった。

  きっと何か己にとって良くないことが起る、彼はそう、予測していたのである。


「し、しかし、閣下! どんな魔物が襲いくるかわからない以上、領主の館の守りを薄くするわけには……」


「ではまずは調査から始めるべきじゃな」


「ですが、調査のための人員も金銭も余裕がありません!」


  ワシも館から出たくありません! と、ザインは心の中で叫んだ。


「税は上がれども収入は増えず。大事な田畑は魔物に荒らされ、日々の糧にも困るとあれば、領民が飢えて死ぬことになるぞ」


  黙り込むザインを見て、ホフレはため息をついた。

  と、その時、ホフレの前の空間がわずかに歪み、青い小鳥が彼の肩へと降り立った。


「ふむ。思ったより早かったようじゃのう」


  小鳥から伝言を受け取ったホフレは一人、納得したようにそう言うと、立ち上がって膝を払った。


「ではわしも調査を手伝ってやるとしようかの。今からこの場にいる全員で向かうぞい」


「はい……?」


  ぽかんとした表情のザインに悪戯っぽく微笑んで、ホフレは転移魔術陣を起動した。

  向かう先はルスティカ村である。


「付近の調査をさせておったものからちょうど連絡が来たんじゃ。ルスティカ村の近くの森で魔物が大繁殖しているらしいゆえな。調査にはもってこいじゃろう」


  はらはらしながら展開を見守っていたエミリアも、ホフレの言葉を聞いて、思わず立ち上がる。


「えええッ!? ホフレおじいちゃん、本気!?」


「え、ちょ、やだ! 悪魔と魔物狩りとか、嫌だーッ!! ワシはまだ、死にたくないぃぃー!!」


  駄々っ子の様に喚き出すザイン。


「ザインさま! お気を確かにッ!!」


  エミリアとザイン、そして兵士たちの悲鳴とともに、彼らはルスティカ村へと転移した。




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