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第一話 遭遇

第一話 遭遇

 木々の生い茂った夜の森。

 多くの魔物が跋扈ばっこするようになったこの森を、夜に訪れようというものはいない。

 手だれの冒険者でさえ嫌煙するのだから、力を持たぬ村人ではあっという間に命を狩りとられてしまうだろう。


「ッ……それでも、わたしは……!!」


 ──自ら命を捨てに行くような行為だと分かっていた。

 それでも少女には今すぐに森を越えて、隣の町まで行かねばならない理由がある。

 暗闇に響く獣たちの唸り声は、背筋を凍らせるような恐怖を与えた。

 がむしゃらに走っていたせいで足をひねったし、木の枝に引っかかれ、身体中が痛んだ。


「──っ!?」


 地面を転がるように必死で走り続けた少女は、木の根に躓いて斜面を転がり落ちた。


「なんだァ? 山から娘っ子が転がり落ちてきたぞ」


 勢いよく山道に投げ出された少女を受け止め、老人が酒臭い息を吐く。

 手入れもろくにしていない長い白髪を紅い紐で無造作にまとめ、無精ひげを生やした老人だった。

 酔っ払いの浮浪者然とした老人に抱き留められて、少女は混乱した。


「いやあッ! 離してッ!!」


「オイ! 暴れんな!」


 はたから見ると、少女を乱暴する浮浪者といった風情であった。


「ふぉっふぉ。安心なさい、お嬢さん。見かけは酷いもんじゃがマルコは婦女子に乱暴をするような輩ではないゆえ」


 マルコと呼ばれた老人の後ろから、長く白い髪と髭を綺麗に撫で付けた老人が現れた。

 こちらはたっぷりとした光沢のある白いシャツに、黒のスラックス、フード付きの黒いマントを身に纏った優しげな表情の老人であった。


「足をひねっておるのか。年頃の娘さんに痛々しい擦り傷というのも似合わんわい」


 優しげな老人がそういうと、いったい何が起こったのかも分からないうちに少女の体から痛みが引いた。


「あれ、いたく……ない……?」


「見てわかる傷は治したからのう」


 優しげな老人は、手の持った魔道灯の明かりで少女を照らしながら言った。


「あ、ありがとう! わたしはエミリア。どうやって治したのかわからないんだけど、おじいさんはお医者様なの?」


 医師とは問診や触診により患者の状態をみて、薬湯を処方したり、怪我や病気の治癒のために力を貸してくれる存在である。


「わしはホフレ。医者ではないんじゃが……お嬢さんは医者を呼ぶためにこんな夜の森を走っておったのかの?」


「そうだけど……おじいさんは違うのよね……」


 ホフレの返答に項垂れるエミリア。


「ふむ、医者ではないが魔術師でな。中でも治癒の術は得意じゃぞ」


「魔術師? なんで魔術師のおじいさんがどうしてこんな田舎にいるの」


 魔術師とは魔力を使って魔術陣を編み、常人とはかけ離れた力を行使する者たちのことである。

 その才能を持つ者はほんの一握りで、才を見出されたものの多くが王都へ行き、訓練を受けた後に魔術師と成る。


「例えおじいさんでも、魔術師ならば今は引く手あまたのはずでしょう?」


 数か月前にこの国──レッチェアーノ王国は未曾有の災害に見舞われた。

 引き金となったのは、王族の過ちと一人の年老いた魔術師であったが、国を救ったのも一人の若い魔術師とその仲間たちであった。

 祖国に裏切られた強く気高い姫が決意と共に国へと戻り、仲間達と力を合わせて世界を救ったのである。王家も過ち認め、謝罪と感謝の意を込めて、頭を垂れたという話だ。

 世界を救った公爵家の姫は自らが復活させた女神からも愛されており、王家を廃し、姫を女王にと望む声も多かったらしい。

 しかし、かの姫は内部争いを避けるために、伴侶である竜と国を出たと公表されている。

 王家が非を認めたという衝撃と、世界を救ったという偉業により、姫と竜、そしてその仲間達の話はあっという間に国中へと広がった。

 村を訪れた吟遊詩人の歌により、田舎者のエミリアでさえも知っているほどである。

 世界の危機は、英雄たちのお蔭で脱した。

 しかし、蘇った死者や太古の魔物たちが散々暴れまわったお蔭で、国は荒れ、民は混乱した。

 兵士や魔術師など力を持った存在は、たとえ老人であろうと引っ張りだこであるはずだった。

 エミリアの村があるのは王都から遠く離れたど田舎だ。

 そんな田舎に魔術師が何の用だというのか。

 まさか、王都で犯罪を犯して田舎に逃げてきたのではないだろうか。


「この間、村に来た吟遊詩人のおじさんから聞いたのよ。王都もひどい状態で、どんな魔術師でも引っ張りだこなんでしょう。復興のためとはいえ、魔術師を辺境へ派遣するのは難しいって言ってたのに……」


 瞳を細めて一歩後ずさり、あからさまな警戒を示すエミリアを見て、ホフレが笑う。


「ふむ、王都も派手にやられたからのう。わしらは引退した身ゆえ、旅行がてら地方の様子を見て回っているというところかの」


「魔物の生息域も大きく変化しているようですからね。以前はこの辺りに生息していなかった土竜まで住み着いて、他の弱い魔物が人里に下りるということも多いと聞いています」


 すぐそばの茂みから背の高い老人が姿を現した。

 この国には珍しく、頭髪をそり落とした老人は白く簡素な衣服を身に纏っている。

 口元には穏やかな笑みを浮かべており、どこか気品を感じさせる老人であった。


「コラードか」


「はい、隊長。付近の魔物はいなくなりましたが、また集まってくるのも時間の問題です。そちらのお嬢さんは早くご自宅まで送り届けた方が良いでしょう」


 コラードと呼ばれた老人はエミリアをちらりと見やって、ホフレにそう提案した。


「えっ? でも、わたし、お医者様を呼びに行かないと!」


「安心せい、死んでなければわしが治してやるわい」


 慌てるエミリアにホフレは茶目っ気たっぷりにウィンクをした。


「ちょっと!? 死ぬだなんて! 冗談でもそんなことを口にしないで!」


 憤慨するエミリアをみてマルコが豪快に笑う。


「自分が死にかけたってのに、元気な娘っ子だなァ! 俺ァそういうの、嫌いじゃないぜ!」


「マルコ、自重してください。十代の娘が相手では、流石に犯罪の臭いがします」


「オイ、コラード! 俺ァ、少女趣味(ロリコン)じゃねえ!!」


 やたら元気な老人たちに付き添われて、エミリアは村へと戻ることになったのだった。


      ◆ ◆ ◆


「ここがわたしの村よ。家に案内をするからついてきて」


一行は山道をしばらく歩き、なだらかな丘を下って村へとたどり着く。


「辺境の村にしてはしっかりした作りの家が多いが、やっぱ荒れてんなあ」


マルコの言葉通りひらけた平地には、粗末な木製の柵に囲まれた家や畑が点在していた。

獣に襲われたのか、柵の一部が壊れていたり、壁が崩れかけている家屋も多い。


「まれにだけど、夜は大型の魔物が襲撃してくることがあるの。こんな状況だし、村を訪れる余所者をよく思わない人たちもいるから、できるだけ静かにしてちょうだい」


ホフレ達はエミリアに従って静かな村の中を進んだ。


「酒場や食事の取れるところはないかのう?」


ホフレが尋ねるとエミリアはため息をついて首を振った。


「魔物が山から降りてくるようになってから、夜は営業をしていないの」


「思ったよりも酷い状況のようですね。領主による魔物の討伐は行われていないのですか」


コラードの問いかけに、エミリアは眉を寄せた。


「ご領主様は……いえ、そのお話はおじいちゃんに聞いてちょうだい」


「まあ、ここの領主はあんまりいい話を聞かねーからなあ。だから俺らが、」


「マルコ」


コラードが咎めるようにマルコの名を呼んだ。


「おっと、すまねえ」


マルコはこりゃうっかり、とごまかし笑いをしながら後頭部を撫でる。


「ここがわたしの家よ」


村の一番奥にある家屋だった。

他の家よりも一回り以上大きく、立派なつくりをしている。


「ふむ。おぬしは村長殿のお孫さんじゃったということかのう」


「ええ、まあね。小さな村だから、そんな大した特典はないんだけど──ジョン! 私よ」


エミリアが古いつくりの木の扉を叩き、誰かの名前を呼んだ。



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