第536話 経津丸と北斗
「経津丸は、いるか?」
茨城城に帰城してすぐに呼び出す。
「マコ~帰ってきていきなりどうしたの?」
「お江、大津城を信忠様よりいただいた。その城主として経津丸を入れる」
と言うと、意外にも母親であるお江は嬉しそうにはしなかった。
「どうした?嬉しくはないのか?城持ちだぞ」
「ん~、三男の北斗がいるのに、四男の経津丸?」
お江は、とぼけた甘えん坊キャラを演じているが実は一番頭が良い側室。
俺が側室達を出身身分にとらわれず平等に扱っているのを理解し、その調和をしているのも実はお江だ。
「これは少々仕方がないことなのだ」
「そうですよ。近江なのですから」
と、事情を知るお初が口を挟む。
「なんとなく事情はわかるけど、兄を差し置いて弟が先に城主として任命されるのって、マコ的にどうなの?」
・・・・・・一理ある。
一理どころではない。
お江の言葉に気づかされた。
「確かに、そうだな。北斗を差し置いて経津丸を城主として任命するのは間違っているな」
「真琴様・・・・・・」
と、お江の言葉にお初も同意したのだろう、言葉が止まっていた。
「なら、オーストラリアの城を任せるのはどうだ?元々息子の中の一人をオーストラリアの城に置くつもりでいた。それを北斗とする確約をすれば問題なかろう」
「うん、それなら大丈夫だよ。マコ」
と、笑顔が返ってきた。
海外の拠点に誰かしらを置くつもりではいた。
歳の順から言えば妥当な順番だ。
お江が、桃子と北斗も呼び出し事の次第を言うと、桃子は泣いていた。
「そんな、私の息子も城持ちになるのですね」
「ああ、そうだとも。子供達にも親の出身身分は関係ないからな」
桃子は元々、人買いに売られてきた娘で出身身分が低い。
うちでは関係ないのだが、本人が気にしている所はあり長い付き合いではあるが遠慮がちで精神的距離はお江達ほど近くはない。
「父上様、異国の城に私がですか?異国に行けるのですか?」
と目を輝かせる北斗、子供はそんなことは気にしていなかった。
茶々が分け隔てなく育ててくれているからだ。
「そうだな、今13歳だったな。もう少し成長して体ができあがってから連れて行くつもりだがな」
「はい、いっぱい食べていっぱい修行して強くなります。父上様」
「勉強もしっかりな。ところで、経津丸は?」
「経津丸は、山に籠もっております。なんでも、父上様のように陰陽師の力を得たいと」
教えるつもりはなかった力を自ら学び出し始めていた。
陰陽師の力を自ら得ようとする息子が現れたのは少々驚きだった。
「今、どこにいる?」
「筑波山に」
と、北斗が答える。
「そうか、自らが道を切り開く最中に邪魔はしてやるな。呼び出す必要もない。次に帰ってきたときに元服してからの話だからな」
大津城主になるのはもう少し後のこと。
今すぐという話ではなく、わざわざ修行を切り上げさせて話すことでもない。
「私は・・・・・・」
と、北斗が気まずいように黙ってしまった。
「北斗、ここにいることを恥ずかしいなどと思うことは間違いだぞ。自分が学びたいことを学び成長しなさい」
「はい、父上様」
と、大きく返事を返してきた。
そんな北斗は、柳生道場の修行が好きなそうだ。
皆、自らの好きなことを励んでくれれば、それでいい。
「経津丸が城に帰ってきたら、羽黒山に行く事を勧めてやってくれ。あそこは最上義康の領地だったはずだから行くとなれば歓迎してくれよう。修験の道を究めるのには良い地だ」
俺も出羽三山には世話になっている。
最上義康か伊達政宗の領地の狭間だったはずだが、両者ならどちらでも問題はない。
最上義康は以前、家臣だった時期もあるくらいだ。
「はい、伝えます」
と、北斗が言う。
「父上様は、海に出られますのですね」
「そうだ、支度ができ次第また出る」
「お気をつけて、次に会うときには海に出られる男として成長して見せます」
と、言う北斗を桃子は涙をにじませながら微笑み見ていた。
母親として子の成長に嬉しかったのだろう。
俺だってなかなか接することがなかったが、たくましく育っているのには感極まったが、俺が涙を見せるわけにはいかず我慢した。
次、会うときが楽しみだ。
ここからが大きく変わる時期だが、そばにいてやる選択肢は残念ながらない。
俺にはやらなければならないことがあるからだ。
日本にとどまってはそれは出来ない。
また、茶々任せになってしまうがいたしかたない。
元気に育ってくれることを俺はただ願うだけ。
余計な事は口出しはしない方が良いだろう。
じっくりと子育てに参加していない俺が口を出せば混乱するだけなのだから。




