第257話 食肉解禁
その男はこんがりとした日焼けをしている、恐ろしく鋭い目を持つ男。
「あっ、信長様」
と、俺と同時に信忠も
「あっ、父上様」
と、声を発する。
見間違うはずもない織田信長が立っていた。
「帝、失礼つかまつります」
と、言って入室して最前列に腰を下ろした。
太政大臣・織田信長は関白より上なのだ。
「儂の留守に儂の婿をかわいがってくれたか?前久殿」
と、睨み付けながら言うと近衛前久は額から汗を流しながら沈黙していた。
すると、
「直答を許す」
と、高貴な声、帝だ。
「海豚や鯨が獣と一緒と言うのは真か?」
俺に聞いてくる帝。
「はっ、はい。嘘偽りなきことにございます。哺乳類として分類される生き物にございまして、生きる場が海と言うだけのことでございます」
と、俺は答える。
帝は海豚の牛蒡と味噌煮を見つめては、
「美味ではあるが、獣を食べるとは」
「帝、牛や豚などは大変栄養価が高く、人の体を作るには必要な成分がいっぱい含まれております。もちろん天武天皇の御触のことは知ってはおりますが、食べないとはもったいなきことにこざいます」
と、俺が言うと
「帝、儂がこの年になってもこうして働けているのは常陸の料理があってこそ。中国の言葉で医食同源と言う言葉もございます。食は大切なことです。どうです、一度召し上がられては?常陸、すぐ出せるな?」
「はい、一応、唐揚げ、とんかつ、ビーフカレーの用意はしてきてはいますが」
「ならば、すぐにお出しせよ」
と、信長に言われたのでまた台所であらかじめ下準備してきた物を調理して出す。
それを持ってまた戻ると、その場は静まりかえっていた。
そこに膳を並べると、信長が
「お毒味失礼」
と、言って最初に口に入れ
「久々に常陸の料理、美味い」
と、喜んで食べる。
それを苦々しい顔で見る近衛前久。
帝は、それを見てビーフカレーに銀の匙で掬って食べると
「ほう、これはまさに医食同源の名にふさわしき物、薬草がふんだんに入っているのがわかる」
と、言いながら二口、三口と食べる。
それを見て近衛前久も食べ出す。
約20分後、すべての皿が空となっていた。
「常陸大納言、これからはたまに参内して料理をいたせ。医食同源、大切なこと。ただし、食肉の禁欲期をもうけ、獣たちの魂を鎮める日を作るがどうか?」
と、帝が言うと信長が、
「良きことと存じます。釈迦如来の誕生日・春秋の彼岸・盆がよろしいかと」
「その期間の食肉は禁じる。本日は大義であった」
と、言うと帝は退室していった。
この日、日本国で正式に食肉が解禁される日となった。




