茶々視点外伝 茶々視点・①④④話・梅は香りて、民は安堵す
偽僧が取り押さえられると、先ほどまでその口先に惑わされていた村人たちは、今度は一転して怒りと恥ずかしさに顔を赤くしていた。
もっとも、それも無理はない。
信心のつもりで差し出した銭や米、反物が、ただの食い物にされていたのだから。
お初が腕を捻り上げたままの偽僧は、最初こそ「誤解だ」「仏の道を侮るか」などと喚いていたが、柳生のくノ一たちが荷を改め、桜子たちが隣村での証言を揃えていくにつれ、言葉はみるみるしぼんでいった。
最後には、どの家から何を受け取ったか、どこへ隠したかまで、あっけないほど素直に吐いた。
村の名主宅の土間には、巻き上げられた品々が次々と運び込まれていく。
銭の入った小袋。米俵。反物。干し菜。卵。どれも少しずつではあるが、村人にとっては暮らしを支える大事なものばかりだ。
「帳面を取りなさい」
私が言うと、名主が慌てて筆と帳面を持ってきた。
私は座敷の上座に座ったままではなく、一段下りて村人たちに近い位置に腰を落ち着けた。
今は、城の奥から言葉を落とす時ではない。彼らの目の高さで、安心させねばならない。
「誰が何を差し出したか、一つずつ確かめて返します。曖昧にすれば、また争いの種になりますから」
村人たちは口々に「はい」と答えた。
先ほどまでの混乱が嘘のように静かになっている。皆、ようやく落ち着いてものを考えられるようになったのだろう。
桃子が小袋を一つ持ち上げた。
「これは、炭屋の婆さまの三十文なのです?」
「そ、そうじゃ。紐が青いのでわかる」
老婆が震える手で受け取る。
その指先が小袋を握った瞬間、泣きそうな顔になった。
「助かりました……本当に……」
「まだ終わっていません。次」
私は努めて淡々と進めた。
ここで情に流されすぎると、返すべきものが曖昧になる。情は大切だが、公平であることはもっと大切だ。
しばらくして、ほぼすべての品が元の持ち主へ戻った。
最後に残ったのは、偽僧の荷から出てきた数枚の護符と、小汚い法衣だけだった。
私はそれを見て、静かに息を吐いた。
「皆、よく聞きなさい」
村人たちが一斉にこちらを向く。
私は怒鳴るでもなく、ただはっきりと告げた。
「神仏を敬う心は尊いものです。それを私は笑いません。災いを恐れ、病を避け、家族の無事を願う――それは誰でも同じ」
何人かが、そっと頷いた。
「ですが」
私は護符を一枚つまみ上げた。
「恐れを煽り、“出せば救われる”“惜しめば祟る”と急がせる者に、金や米を出してはなりません。本当に祈る者は、人を脅してまで供物を巻き上げたりはしない」
村の男衆が、悔しそうに歯を食いしばる。
騙された恥がまだ残っているのだろう。だが、それを責めるつもりはない。責めれば、次に本当に困った時、彼らは口を閉ざしてしまう。
「今後、困り事があれば、大津城下の役所へ申し出なさい。病、火事、不審な旅人、争いごと――城は、そういう時にこそ頼るものです」
名主が深く頭を下げた。
「御方様……肝に銘じます」
その後ろで、村人たちも次々と頭を下げていく。
年寄りも、女も、若者も。先ほどまで偽僧へ向けていた頭を、今度は黒坂家へ向けている。
お江が小声で私に囁いた。
「姉上様、みんなすごく安心した顔してる」
「そうね」
それが見られただけでも、ここへ来た意味はあった。
お初は腕を組みながら、まだ縛られている偽僧を見て鼻を鳴らした。
「っとに、あんなのに騙されるなんてと思ったけど……不安な時って、人は弱いのね」
「だから、そこにつけ込む者がいるのです」
私がそう返すと、お初は難しい顔のまま頷いた。
この子もまた、今日一つ学んだのだろう。
偽僧は柳生の者に預け、城下役所へ回すことにした。
村人たちには改めて、今後は勝手に私刑などせず役所へ申し出るよう言い含める。悪党を捕らえて気が立っている時ほど、次の誤りが起こりやすい。
すべてが片付いた頃には、日差しは少し傾き始めていた。
桜子がそっと私の近くへ来て、控えめに言う。
「御方様……梅、まだ見頃でございます」
私は、はっとした。
そうだ。元は梅見に来たのだ。
お江がすかさず声を上げる。
「やった! 今度こそ団子!」
お初が呆れたように肩を落とした。
「あんたは最初からそれしか考えてないのね」
「だって梅見って団子食べるものでしょ?」
「それは花より団子と言うのです」
「じゃあお江は正しいじゃん」
……まったく、この子は。
私は思わず苦笑し、名主へ軽く別れの挨拶をしてから、ようやく本来の目的地であった梅林へ戻った。
先ほどと変わらず、梅は咲いていた。
いや、むしろ少し風が止んだぶん、香りはさらに濃く感じられる。白梅、薄紅の梅、枝先に小さく揺れる花々。冬の名残の中に、確かな春がひそんでいる。
私たちは梅の下へ敷物を敷き、ようやく腰を下ろした。
桜子たちが用意していた団子を広げると、お江は待っていたと言わんばかりに手を伸ばす。
「お江、ちゃんと手を拭きなさい」
「はーい」
返事だけはよい。
その様子に、皆の顔にようやく本当の笑みが戻った。
私は梅を見上げながら、ゆっくり息をついた。
香りが胸の奥まで満ちる。
「姉上様」
隣で団子を一つ手にしたお初が、少し照れくさそうに言った。
「何です?」
「最近……ほんとに城主みたい」
私は思わずお初の顔を見た。
お初はすぐに視線を逸らし、団子を口へ運ぶ。
「べ、別に褒めてるわけじゃないのよ。ただ、こう……真琴がいなくてもちゃんと回してるし」
「そうですか」
「そうよ」
私は小さく笑った。
褒めているのではないと言いながら、それは十分すぎるほど褒め言葉だった。
梅の花は、黙って咲いている。
火事も、悪党も、銭も、恐れも、何も知らぬ顔で。
だが、だからこそ思う。
城を守るとは、剣を振るうことだけではない。
火の手を止めることだけでもない。
人の不安につけ込み、口先一つで暮らしを食い荒らす者から民を守ることもまた、城を預かる者の役目なのだ。
私は空を見上げた。
もし真琴様がここにいたなら、この一件を聞いて何と言うだろう。
――たぶん。
「詐欺師は早めに潰すに限る」
そんなふうに、妙にあっけらかんと言うのだろう。
その口調がありありと浮かび、私はひとり、少しだけ笑ってしまった。
「姉上様、どうしました?」
「いいえ、なんでもありません」
そう答えながら、私は団子を一つ手に取った。
甘い。
梅は香り、村は安堵し、春はまだ遠いようでいて、もうすぐそこまで来ている。
大津の城と、その周りの小さな暮らしを、今年も守っていく。
そんな思いを、梅の香の中で静かに胸へ収めた。




