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茶々視点外伝 茶々視点・①④③話・御方様の問答――化けの皮を剥ぐ

 その日のうちに、私は村の名主宅を借りた。


 梅林に近い村ではあるが、名主の家だけは少し奥まったところにあり、表から見ればただの立派な百姓家にしか見えぬ。

 だが座敷は広く、囲炉裏も大きい。

 人を一人呼び入れ、話をするには十分だった。


 私は名主に、余計なことは言わずただこう告げた。


「黒坂家より布施を考えていると伝えれば、その僧は必ず来ます」


 名主は最初こそ目を白黒させていたが、やがて私がただの“城から来た奥方”ではないと察したのだろう、深く頭を下げて手を貸してくれた。


 ほどなくして、件の僧は本当にやってきた。


 欲というものは、人を早く歩かせる。

 つい先ほどまで村の広場で、いかにもありがたげな声を張っていた男が、今は名主宅の門口で妙にうやうやしい顔を作っている。


 私は名主宅の上座ではなく、客と対するにはちょうどよい位置に座した。

 装いは控えめなままだが、今度は隠すつもりはない。

 お初は私の少し後ろ、お江はそのさらに奥。

 桜子たちは座敷の外、すぐ動けるよう控えさせ、柳生の忍びも村人に紛れて周囲へ散らした。


 僧は一礼して入ってきた。

 だがその一礼からして、すでに雑だった。

 腰の折り方が浅い。僧ならばもっと静かに重心を落とすはずなのに、どこか武家の真似事のように見える。


「これはこれは……黒坂家の御縁の方と伺い、拙僧、急ぎ参じました」


 声だけはよく通る。

 私は内心で、(急ぎ参じた、のではなく、飛びついたのでしょう)と思ったが、顔には出さない。


「ようこそ。村にありがたい祈祷を施していると聞きまして」


「はっ。乱れた世においては、目に見えぬ災いこそ恐ろしきもの。拙僧はただ、仏のお導きのままに――」


 流れるように出る口上。

 けれど、言葉の端にある“間”がいやに計算されている。人の顔色を見て、どこで怯え、どこでうなずくかを量るような喋り方だ。


 私は茶碗を手に取り、ひと口だけ茶を含んだ。


「そうですか。では、さぞや名のあるお寺のご出身なのでしょうね」


 僧の眉が、ほんの僅かに動く。


「……山にて修行を重ねておりましたゆえ、寺の名などは些末にございます」


 私はそこで、ようやく相手の顔を真正面から見た。

 この男は、私を“若い奥方”と見ている。

 寺社のことなど知らぬ、少し金回りの良い女だと。だから“些末”などという言葉で煙に巻けると思っているのだ。


 母上様は寺社への礼儀に厳しい。

 浅井の姫として育つ中で、私も寺の序列や供養の作法を少なからず聞いてきた。

 さらに、真琴様は「人を騙す者ほど細部が雑になる」とよく言う。

 大きな嘘をつくために、肝心な小さなところを軽んじるのだと。


 ならば、そこを衝けばよい。


「些末、ですか」


 私は静かに言った。


「寺の名を些末と申される僧は、ずいぶんと軽やかなお方ですね。比叡、三井、園城、高野、あるいは奈良の諸寺……どこに連なるお方かで、祈祷の流儀も違いましょうに」


 僧の口元がぴくりと引きつった。


「……拙僧は、比叡の流れにございます」


「比叡の」


 私は頷く。


「でしたら、先ほど村で唱えておられたあの経、少し妙でしたね」


 ここで初めて、僧の目に明らかな警戒が浮かんだ。

 けれどもう遅い。


「妙、とは」


「“般若心経”を織り交ぜておられたのでしょう? ですが、ところどころ音を流しておられた。あれでは、日々読み込んでいる者の口ではありません」


「……っ」


 私はさらに続ける。


「それに、数珠の扱いも不自然でした。珠を送る指が定まっておらず、房を持つ手が逆になっておられた。旅の僧であれば、ああはなりません」


 お初が後ろで、わざとらしく小さく鼻を鳴らした。

 お江は「ほんとだ」とでも言いたげな顔で僧を見つめている。


 僧は無理に笑みを作った。


「若いのに、寺のことにお詳しい」


「母がよく教えてくれましたので」


「……さようで」


「それに」


 私は茶碗を置いた。


「袈裟も新しすぎる。裾だけわざと荒らしてありましたが、肩と胸の折り目がきれいすぎます。流浪の僧にしては、旅の疲れが薄い」


「お、お言葉ですが、拙僧をまるで疑うような――」


「疑っております」


 はっきりと言い切ると、座敷の空気が一気に冷えた。


 僧はようやく、事のまずさに気づいたらしい。視線が落ち着かぬ。膝の上の手が、わずかに泳いでいる。


 私はそこへ追い打ちをかける。


「村へ入って最初に何をなさったか、こちらで調べました」


 僧の喉が鳴る。


「村外れの百姓家で、去年の咳風邪、井戸の濁り、炭の値上がり、そういった話を聞き出した。そうして村人の不安に“鬼門より悪しき気”などと名をつけ、銭や米を出させた」


「証は……あるのですか」


「あります」


 私はそう言って、桜子へ目配せした。


 桜子は音もなく現れ、手にした小さな包みを私の前へ置いた。

 中には新しい護符が数枚。

 さらに別の紙には、隣村の名主の書付が添えられている。


「こちらは隣村で同じように銭を集められたという証言。病が流行る、井戸が穢れる、供物を惜しむな――まったく同じ口上だったそうです」


 僧の顔から、血の気が引いた。

 お初が、待っていましたとばかりに口を開く。


「へぇ。村ごとに“悪しき気”があるわりに、文句は同じなのね」


 僧は言い返せず、ただ口を開閉させている。


 私はさらに静かに詰めた。


「比叡の流れと申された」


「……」


「では、どの谷に学び、どの院に属していたのです」


 答えが出ない。


「答えなさい」


「……山にて修行を」


「それでは答えになっておりません」


「わ、若き頃のことにて……」


「寺の系譜を忘れる僧などおりますか?」


 私がそう言うと、僧はとうとう額に汗を滲ませた。冬だというのに、首元に汗が光る。


 そこへ、桃子が障子の向こうから顔を出した。


「お方様、村の人をお連れいたしましたです」


「通しなさい」


 入ってきたのは、隣村の男二人と、先ほどこの村で銭を差し出しかけていた老婆だった。

 隣村の男は、僧を見るなり指をさした。


「こやつだ。うちの村でも“供物を惜しめば春に疫病が流れる”と申して銭を巻き上げた」


 老婆も震える声で言う。


「わしら、仏のためと思うて……」


 僧は、ついに座ったまま後ずさった。

 その顔にはもはやありがたさの欠片もない。追い詰められた鼠そのものだった。


「……でたらめだ! 年寄りどもの思い違いだ!」


 声を荒げた。

 そこで終わりだった。


 お初が、すっと一歩前へ出た。


「そういう時だけ声が大きいのね」


 僧はその隙を突き、立ち上がって座敷の端へ走ろうとした。

 だが、障子が開いた瞬間、そこには柳生のくノ一二人が無表情で立っていた。


「ひっ」


 僧がたじろいだところへ、お初が後ろ襟を掴んだ。


「逃げるの?」


「は、離せ!」


「嫌よ」


 実に簡潔だった。

 お初はそのまま僧の腕を捻り、畳へ膝をつかせる。

 若い僧もどき程度では、お初の腕力に抗えるはずもない。


 お江は、今さらのように目を丸くした。


「わぁ……やっぱり偽物だったんだ」


 私は思わず息を吐いた。

 今そこなのかと思わぬでもなかったが、お江が納得したならそれでよい。


 村の若者たちも、柳生の忍びに促されて座敷の前へ集まってきていた。先ほどまで僧をありがたがっていた者たちが、今は怒りと恥ずかしさの入り混じった顔でこちらを見ている。


 私は立ち上がり、僧を見下ろした。


「神仏を敬う心は尊いものです。だからこそ、それにつけ込む者は許せません」


 僧はなお何か言い募ろうとしたが、お初がさらに腕を捻ると、情けない声しか出なくなった。


「桜子、この者から村人が差し出した銭や米の在り処を吐かせなさい。梅子、隣村の者にも確認を。桃子は、村の者へ“もう供物を出さずともよい”と伝えなさい」


「はい」

「承りましたです」

「はいなのです」


 皆がきびきびと動く。


 私は最後に、村人たちへ向き直った。


「この者は、ありがたき僧ではありません。ただ、人の不安を食い物にしただけの男です。疑うことは悪いことではありません。恐れを煽り、金を出せと急かす者がいたら、次はまず城下の役所へ知らせなさい」


 名主が深く頭を下げた。


「御方様、ありがたきことで……」


「ありがたがるのはまだ早い。奪われたものを返してからです」


 そう言うと、村人たちの顔が少しだけ明るくなった。

 その表情を見て、私はようやく胸の中の張りを少し緩めた。


 梅の香は、まだ外に残っている。

 春の入口のような日の下で、こんな濁ったものを見せられるとは思わなかった。だが、だからこそわかったことがある。


 城を守るとは、火事や敵兵だけを防ぐことではない。

 人の不安に形を与え、それを金に換える者から民を守ることもまた、城を預かる者の務めなのだ。

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