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茶々視点外伝 茶々視点・⑧①話・正月

大晦日の鐘が静まり、ようやくまぶたが落ちたのは丑三つ刻も近い頃――だから今朝は布団の温もりが名残惜しく、起き上がるのに少しばかり勇気がいった。


ところが真琴様はとっくに起き出して、屋敷の神棚の水・お神酒・盛り塩を自ら取り替え、二拍の柏手を打って恭しく拝しておられる。


寝間着の襟を正して眺めていた私の背筋も、つられて自然と伸びた。


まだ群青の夜を含んだ東の空が、すこしずつ薄明にほどけてゆく。


お初もお江も、普段なら布団と仲良しの刻限だというのに、真琴様が静かに縁側に立っているのを見て並び立ち、息を潜めて空を仰いだ。


庭木の影は霜にきらめき、吐く息は白く細くのびる。


山の端から金の糸のような光が一本、また一本とこぼれ、やがて太陽が面を上げる。


真琴様は先ほど神棚に向けたのと同じように、太陽へ向かって柏手を打ち、凛とした声で唱えられた。


「祓いたまえ清めたまえ守りたまえ幸あたえたまえ」


三度、言葉を重ねてから、胸の前で手を合わせ直し――


「この日の本の民が笑って正月を迎えられますよう、織田信長公の国造りにこの身を捧げ、力を尽くします。どうかこの願い、かしこみかしこみ申し上げます」


真面目なお人である。

私とお初とお江も、邪魔せぬよう無言で頭を垂れた。

お江がこっそり太陽をつまもうと指を伸ばし、お初に肘で小突かれている――そんな小さな騒ぎも、冬の朝の光の中に溶けてやさしい。


真琴様が身を正して振り返ると、庭にも黒坂家の者たちがずらり並び、同じく太陽へ一礼していた。

のちに桜子が教えてくれたところでは、


「主が陰陽の道に通じるお方ゆえ、皆で朝の拝みを学んだ」


とのこと。

なるほど、黒坂家がそろって気が引き締まって見えるわけだ。


広間には正月の膳が整えられ、湯気の立つ雑煮の香りが冷えた指先まで温めてくれる。

私たちは朝餉をいただき、真琴様は次々と家臣たちの年始の挨拶を受けられた。

盃は控えめに、言葉は丁寧に。

そういう所作ひとつで、人の心持ちは不思議と晴れやかになる。


そこへ、今井宗久が羽織の裾をさばきながら、いかにも景気の良い笑顔で現れた。


「黒坂家出入り商人の総代として、新年の祝いを申し述べにまいりました」


「新年おめでとうございます。わざわざご苦労さま」


「とんでもおまへんがな」


宗久は、にっこり笑って風呂敷を抱え直す。


「それとな、黒坂様へ新しい烏帽子大紋をお届けに。明日は上様の新年の御宴でおわしますやろ?その折のお召しで」


「烏帽子大紋なら、すでにあるはずだが……」


「真琴様」


私は横合いから口を添えた。


「宗久殿のお心遣い、ありがたく頂戴いたしましょう。城主たる身にふさわしい一式は、あって困るものではございません」


宗久はすかさず風呂敷をほどき、陽の光を受けて淡く艶めく生地を見せた。


織りは細やか、紺の地に抱き沢瀉の紋がきりりと浮かぶ。

縫い糸は乱れなく、裏地まで手が入っている。

まるで「黒坂家の名に恥じぬよう」と、布が言っているようだった。


「城持ち大名にふさわしゅう、ひとつ上の支度どす」


宗久は得意顔で肩をすくめる。


「なんや、うちが儲けとるお蔭でしてな。決して袖の下やおへんで。ええ投資っちゅうやつですわ」


「宗久殿」


私は笑って一礼した。


「お気持ち、しかと受け取りました。おかげで明日の御宴も、胸を張って臨めます」


脇でお江が小声で囁く。


「姉上様、マコが着替える前に一度だけ袖を通して、くるっと回ってもらえないかな?」


「お江」


お初がすかさず制した。


「義兄上をお人形扱いしないの」


けれども真琴様は、困ったように笑って頷いた。


「くるっと一回転だけ、ね。転ばなければ」


――新しい年の朝。


霜柱はきらきらと踏まれ、神棚の塩は白く盛り上がる。


私の胸の内にも、細く明るい芯の火が灯るのを覚えた。


黒坂家の正室として、明日の御宴、そしてこれからの日々。


私もまた、太陽に誓ったのだ。


守り、助け、笑顔でこの家をあたためてゆくと。

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