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茶々視点外伝 茶々視点・⑦②話・雷神受け?

お江が走り回っていた足を止め、ひょいと顔を出して


「マコ~そろそろ帰ろうよ~」


と言うと、真琴様は肩をすくめて笑われた。


「そうだね。今出れば日暮れ前には安土に戻れるはずだし」


「真琴様、お江のわがままにお付き合いなさる必要はございませんよ」


「いや、頭として皆の安全を考えないと」


 すぐ横で蒲生氏郷殿がうなずく。


「確かに、姫様方のご宿泊は、今の造作ではまだ不向きにございます」


「姉様、氏郷殿もこう申していますし……」


 お初も、未だ冷えの残る築城途中の天守で一夜を明かすのは難儀と見えて、帰路に心が傾いていた。


梁の隙間を抜ける湖風は、衣の裾をあおり、板間の埃をさらう。

私は頷き、場を締める。


「冷えた城で誰かが風邪でも召せば一大事。――氏郷殿、今日申し上げた手立ては進めてくださいませ」


「はっ、かしこまりました」


 真琴様はお江を軽々と肩車し、桟橋へ向け歩み出す。


足下で木屑がしゅ、と鳴り、遠くで大槌の音が応える。

湖は薄紫に暮れ支度をはじめ、帆の影が水面に揺れていた。


 桟橋まであと少しというところで、真琴様がふと本丸のほうへ振り返り、手を打った。


「あっ、大切なもの、忘れてた!」


「いかがなさいました、殿?」


 氏郷殿が問い、柳生宗矩がすでに筆と紙を整える。

真琴様は紙を受け取り、太く一文字ずつ記した。


「――『避雷針』。天守のいちばん高い屋根に、これを必ず付けて」


「御大将、ひらいしん、とはこの字に?」


 宗矩が確かめ、すぐ書き写す。氏郷殿は首をかしげた。


「雷除けにございますか? 鯱や懸魚の飾りはもちろん据えますが――」


「それらは“火除け”の祈りとしては良いけど、雷の力そのものを逃がすには心許ない。鯱を金属にして上から鎖を垂らし地中へ落とすのも有効だけれど……もっと確実にするなら、銅製の槍――いや、矛でもいい――を屋根の頂に据え、そこから鎖を垂らして地中深くまで導いてほしいんだ」


 私は氏郷殿へ目で合図する。


「氏郷殿、真琴様のご所望の通りに」


「はぁ……」


 まだ得心し切れぬ様子の氏郷殿に、真琴様はことさらに柔らかい声で続けられた。


「神様は“先の尖ったところ”をお好みになる、と申すでしょ? ならば屋根の最も高みに“雷神様の足場”を拵える。迷わぬよう、導いて差し上げるんだ」


「なるほど……正月に年神様をお迎えするため松飾を立てますな。その理屈にて、雷を“導く”。わかりました、作りましょう」


「必ず一番高い位置に。材は銅。鎖はしっかり太いものを。地中へは――俺の背丈くらい、いや二尺……いや、もっと深く……少なくとも二尺は必ず埋めて」


「はっ、しかと承りました」


 宗矩の筆が「避雷針 銅・最頂部・鎖 地中二尺以上」と走り、氏郷殿は側役に短く指示を飛ばす。


伝令が駆け、薄闇が城の骨組みに溶けていく。私は外套の襟を正し、真琴様の背を追った。


 桟橋に至れば、安宅船のふなばたに夕光が薄く張りついている。


お江は肩の上で手を振り、子雀のように笑った。


お初は周囲の警戒に目を配り、私は最後にもう一度だけ天守のうだつを見上げる。


 ――雷さえも導き、地へ逃がす城。祈りに頼らず、理をもって護る城。


 その思いが、冬の湖の冷たさを少しだけ和らげてくれた。


私は裾を捌き、真琴様の背に続いて船へと乗り込んだ。


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