茶々視点外伝 茶々視点・⑥⑦話・ほうれんそう?
湯漬けで腹を落ち着け、白湯をすすって一息つくと、真琴様は縄張りの絵図面に目を通し、蒲生氏郷が脇で簡潔に説明を重ねた。
「常陸様、天守はご覧のとおり装飾は未了ながら、中へは入れます。よろしければ最上から見下ろしつつご説明を」
「マコ、天守に入っていいの?」
「いいみたい。でも、まだ未完成だから作事の邪魔にならないよう気をつけて。――幸村、お江についていってあげてね」
「はっ」
お江は遠慮という言葉を知らぬ勢いで駆け上がり、お初と、真田幸村に率いられた護衛たちが続いた。
氏郷殿は大工のまとめ役を呼び、「織田の姫ゆえ粗相なきよう」と命じる。
私たちも梁や貫を確かめながら急階段を上る。
打ちはめの板がまだところどころで、風が柱の間を抜けていく。
「……ああ、やっぱり急階段か。これは頭をぶつけそうで怖いんだよな」
真琴様はぼやきながらも、柱の傷や木目を注意深く追っていた。
「筋交いがないか……」
「筋交いとは?」
氏郷殿が問うと、真琴様はすぐ応じる。
「柱と柱をつなぐ“×”の部材のことだよ。――あ、宗矩、紙に箇条書きでいいから書いて。あとで信長様に報告するから。現物を見ないと思いつかない提案が多くてさ。今日は色々出そうだから、書き留めておいて」
「はっ、承知」
柳生宗矩が懐紙と筆を整える。氏郷殿が穏やかに言う。
「この城は上様が常陸様にお任せの城。いかようにもなされてよろしいはず。上様への逐一のご報告は、さして不要かと存じますが」
「信長様への報告は必要だよ。ここは安土と京を結ぶ要所。信長様がお通りの折に立ち寄られる想定は外せない」
「それは――余計な疑念を持たれぬため、ということに?」
「そう。俺はあくまで信長様の“食客”で、正式な家臣ではない。この城だって『与える』と言われたけど、預かり物だ。茶々が信長様の養女になって、俺との婚礼で名目上は一門格になるとはいえ、中途半端なんだよね。だからこそ、すべてをお伝えして疑念を生まないように、こちらが気を配る」
その言葉に、私はうなずいた。
「たしかに義父上は裏切りに敏い方ですが、真琴様は格別に信頼されております。とはいえ、備えは大切ですね」
「それに、俺は信長様への助言役って立場でもあるから、いまから言うことは――ほら、あれで」
「“あれ”?」
氏郷殿が首を傾げた瞬間、私は気づいて口を挟む。
「氏郷殿、黒坂常陸守真琴の詮索は禁止、と上様より達しが出ております。――それが“あれ”にて。これ以上はお控えを」
氏郷殿は片膝をつき、深々と頭を垂れた。
「失礼仕りました」
「気にしないで」
「はっ。……しかし、上様に疑念を抱かせぬお心配り、まさに軍師と囁かれるだけのこと」
真琴様は、ふと思い出したように指を立てた。
「俺の知っている言葉で“ほうれんそう”ってある。『報告・連絡・相談』――これを大切にしないと、誤解や、工事なら無駄や事故につながる。……よし、うちの法度にしようか、『報告・連絡・相談』。なんだかんだ家臣も増えてるし」
「よいお定めにございます」
そう告げると、周囲の家臣たちも一様にうなずく。
氏郷殿の目が、ほんのわずか鋭さを帯び、真琴様を見る色が変わった――評価と、期待の色に。




