茶々視点外伝 茶々視点・⑥⓪話・大津城拝領
翌日、私は何食わぬ顔で安土城天主へと真琴様を案内し、静かに茶を点てた。
昨日のことはいったん胸の抽斗にしまい、泡に意識をととのえる。
湯の温み、茶筅の手応え、畳を伝う微かな風。
きめ細やかで、盛り上がっても崩れにくい泡が、茶碗の面にふっくらと立つ。
それを真琴様の前へ差し出すと、喉がごくりと鳴った。
「あっ、美味しい」
「それはようございました」
素直に頬がゆるむ。
「茶々、今日は何の話か聞いてる? 婚礼のことかな?」
どうやら何も告げられず呼び出されたらしい。
私は答えず、茶碗をゆすぐ。
と、襖がすべって、義父・織田信長が入室し、どしんと座した。
「登城、大義」
その声に応じ、森蘭丸が琵琶湖一帯を描いた地図を広げる。
紙の擦れる音、墨の匂い。義父は扇子の先で一点を指し示し――
「常陸、貴様にここの城をくれてやる」
「えっ……だから、以前に申し上げたとおり、俺には統治能力は……しかも京都と安土を結ぶ要所、大津って……」
「茶々の婿となった以上、我が義理の息子である。一門衆ぞ常陸は。そのような者が要所の城持ち、何ら不思議はないであろう」
「う~……せめて、もっとこう、なんて言うか、小さな領地からとか……」
「茶々の婿が城すらない、そちらのほうが不釣り合いだ」
「はぁ~……信長様、俺のこと信用しすぎですし、無駄に評価が高すぎますって。統治能力皆無だから、すぐに一揆起こされますよ? しかも比叡山が裏手になるわけだし」
「そんなこと、わかっておるわ。よって与力に蒲生氏郷を命じた。氏郷がすでに大津城整備を行っている。城代として置いておけばよかろう。何ならすべて任せて安土に住んで構わん。屋敷はそのまま貴様の物として置いておく」
「蒲生氏郷きたーーーーーーーーー」
「やはり知っておったか? 切れ者ぞ」
「知ってるもなにも……俺が知る歴史線では、陸奥・会津若松に東北では珍しい巨大な城を整備するんですから。その城は徳川幕府終焉の時に朝廷側の軍を苦しめる。しかも蒲生氏郷は、俺の大好きな伊達政宗のライバル的存在に……」
「知っておるなら良いではないか。上手く使えば、楽ができるぞ」
「楽って……」
「とにかく、儂は決めたぞ。大津城主を命じる」
「は~……」
煮えきらない真琴様の背へ、私は軽く手のひらを当てた。背筋がぴんと伸びる。
「――拝命、しかと」
座り直し、真琴様は大津城主拝命を受けた。
琵琶湖からの風が高欄を渡り、紙地図の端をかすかに鳴らした。




