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茶々視点外伝 茶々視点・⑤⑨話・女の勘

いつものように黒坂家へ向かうと、桜子と真琴様のあいだに、いつもと違う空気が漂っているのを感じた。


どこか、距離がある――そんな気配。


お江がいつものように飛びつき、真琴様の胸に顔をすり寄せて言う。


「ん? マコから桜子ちゃんの匂いがするんだけどぉ~」


すかさずお初が詰め寄り、胸ぐらをつかんだ。


「あんた、姉上様との婚姻を前に、桜子を抱いたの?」


「抱いてなんかないんだからね」


いつになく歯切れの悪い言い方で、真琴様はしどろもどろになる。


桜子のほうを見れば、頬を紅くし、きちんと頭を下げた。


「お江様、きっと洗濯の折にでございましょう」


「え~、でも今日はいつもより桜子ちゃんの匂いが濃い気がするけど。気のせいかな~」


「やっぱり、あんた――!」


お初の手に力がこもり、真琴様は苦しげに私へ助けを乞うような視線を向ける。


私は扇で口元をおさえ、軽く諫めた。


「お初、やめなさい」


「はい、姉様……でも」


なお食い下がるお初に、私は静かに告げる。


「真琴様から桜子の匂いがするのは当然のこと。身の回りをすべて任せているのですから――“すべて”を」


自分で“すべて”を強めたことに気づき、胸の奥がちくりと痛む。


お初は今度は逆に顔を真っ赤にして、照れ隠しのように真琴様の尻を小突いた。


「いやらしい。助平なこと、させたんでしょ」


「勘違いするな! してないから」


真琴様は尻を押さえ、むくれた声を出す。


私は桜子に目を移し、できるだけ平静に言葉を選んだ。


「夜伽――慰めも、家を保つには必要なこと。それに、私は桜子なら側室に迎えてもよいと思っています」


「姉上様~。言葉と表情、全然合ってないよ~」


お江に指摘され、私ははっとする。


目頭がわずかに熱く、目尻がつり上がっているのを自分でも感じた。


「本当に違うんだ、茶々」


真琴様の声はまっすぐだった。


「はいはい、わかりました。……ですが、今日は少し気分がすぐれません。失礼いたします」


私は座を立ち、表へ向かう。


土間にさす午後の光は白く、門口の影は長い。


外気の冷たさが頬を撫でた。


背に、慌ただしい足音。


「茶々、待って」


「お初たちの相手をしてあげてください」


歩みを緩めずに答えると、真琴様が私の手を取って引き止めた。


掌の温もりが、余計に胸をざわつかせる。


「本当に抱いてないんだって。ただ、正直に言うと……桜子が“夜伽を”って、夜、寝所に来たんだ」


「据え膳食わぬは男の恥と申しますのに、抱かなかったのですか?」


我ながら意地のある言い回しになったとわかる。


「うん。地位を使ってそういうことをするのは違うと思う。……それに、桜子は、茶々が輿入れして“お役御免”になるかもしれない不安があって、ああしただけなんだ」


「私が桜子たちを、お役御免に?」


胸の棘が、少しだけ音を立てて崩れる。


「だって、大勢の侍女や家臣を連れての嫁入りだろ? 桜子たちは、ここを追い出されたら行き場が――」


「――桜子たちほどの働き手なら、望めば引く手あまたでしょう。それに、そもそも追い出すつもりはございません。私は、心の置ける者だけを連れて参ります。……真琴様の“秘密”が漏れぬように」


言い切ると、真琴様の指先から力が抜け、私の手が自由になる。


「そう、なんだ……」


「ええ。ですから、桜子たちは今までどおり黒坂家で働いてもらいます。――いえ、側室に迎えるのも良いでしょう。真琴様は天涯孤独のお方。子を多くもうけ、一門を増やさねばなりませんから。……って、いつまで私の手を握っているのです?」


慌てて手を離す真琴様。門前では、織田家の家臣たちが扇で顔を半ば隠し、気まずそうに視線を逸らしていく。


見てはならぬものを見た――その足取りだ。


「ご、ごめん」


真琴様の声が少し照れているのがおかしくて、でも笑えない。


「兎に角、今日は帰ります」


私は大手門へ向かう。


後ろから黒坂家の護衛が自然と付き従い、砂利の擦れる音が影のように寄り添った。


――“伽”か。

言葉を胸の内でそっと転がす。頬に熱がのぼる。

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