茶々視点外伝 茶々視点・⑤⑧話・嫁入り道具と不安
今井宗久などに頼んでいた嫁入り道具が、日ごと屋敷に運び込まれ、座敷を埋め尽くす勢いとなっていた。
新しい漆の匂いが畳に染み、金具がふと光を弾くたび、胸の奥で小さく音がする。
重ねられた長持や箪笥の端々には織田木瓜の家紋、そして真琴様の家紋――抱き沢瀉が端然と据えられている。
目を移せば、揚羽蝶の紋も見える。
私は箪笥に描かれたその揚羽蝶にそっと指先をあて、輪郭を確かめた。
様子を見ていた母上様が、やわらかな声で仰る。
「黒坂家は平氏の流れとのこと。兄上が婚礼の祝いに、揚羽蝶の家紋を贈るそうです」
「左様ですか。黒坂家は平氏でしたか」
これまで取り立てて気に留めぬ話であったし、なにより真琴様は“未来の民”。
多くを語られぬことを知る身として、詮索は慎むべきだと思っていた。
母上様は、少しだけ寂しそうに目を伏せられる。
「本心をいえば、三つ盛亀甲花菱や井桁の紋で嫁入りさせたかったのですが……この度は叶いません」
浅井の紋。
私が織田信長の養女として黒坂真琴に嫁ぐ以上、それらは使えない――わかってはいる。
「そうそう、身の回りを務める従者のことですが……」
「母上様、侍女だけといたします。昔より仕え、心の置ける者のみ。警護は黒坂家の家臣に任せるほうがよろしいでしょう。いえ、そのほうが、都合もよいのです」
「そうですね。そのほうが、いらぬ心配が減ります」
――黒坂真琴の、誰にも知られてはならぬ秘密。『未来人』。
それを守るには、口の堅さを選るしかない。
母上様は頷き、続けられた。
「黒坂家には忍びが多く、屋敷の守りは万全。兄上もそれを見越し、柳生・前田・真田を呼び寄せました。各家には破格の加増。あわせて、“黒坂家で知り得たことを他へ漏らせば、家そのものが滅ぶ”と、強く釘を刺してあります」
「そうだろうと、思っておりました」
母上様は言いにくそうに声をひそめる。
「内々の話ですが、黒坂様には大津に城を――と。近々、兄上から命が下るでしょう」
「大津……京と安土をつなぐ要の地。そこを真琴様に? ……辞退なさりそうです」
真琴様は、自らの統治の才を謙って、領地の打診を辞退されたことが幾度かある。
「ふふ……今回は断れぬよう、兄上は手を打ちました。蒲生氏郷殿を、しばらくのあいだ黒坂家の与力といたすそうです」
「氏郷殿を……ご自身が城を持つべきお方では?」
「黒坂様に大津で経験を積ませ、いずれ一国を与えるおつもり。その折には大津を氏郷殿に任せる――兄上はそう考えておられます」
「なるほど」
母上様は、遠い比叡の山並みに目を遣るような口ぶりで言う。
「大津は交通の要にして、比叡山を監するうえでも肝要の地です」
「比叡山の近くに、真琴様……」
思わず胸の内がざわめいたのを、母上様は見逃さない。
「案ずる気持ちはわかりますが、大津は安土にも京にも近い。有事の際、織田の援軍を出しやすい。金に糸目をつけず、堅牢な城を築かせると兄上は仰せです。心配は無用――このこと、黒坂様には当面、内密に」
「……はい、母上様」
返事をしながら、私は積み上がる長持の影を見た。
新しい暮らしの重みと、守らねばならぬ秘密の重み。
その二つが、漆の香の底で静かに重なり合っている気がした。




