茶々視点外伝 茶々視点・⑤⑥話・茶々の苦悩
「姉上様、どうかされましたか? 天主から戻ってきてから、ずっと黙っていらっしゃる。はっ――まさか真琴に何かされましたか? 私が一蹴りして参ります」
私は、真琴様を言葉で傷つけてしまった悔いに胸を灼かれながら、襖を半ば開けたまま、中庭の新緑を見つめ続けていた。
池の面を撫でる風がさざめき、簾の影が畳の上でゆらりと揺れる。
「真琴様は我が夫と定まったお方。仮にもあなたの兄。少しは控えなさい」
「ということは、真琴に何かされたわけではないのですね」
「当然です。……むしろ、私が言葉で悲しませてしまいました」
お初といえども、事の仔細は語れぬ。
私はそれ以上言葉を継がず、ただ一人、反省の中に沈む。
そこへ、お江がひょいと柱の陰から顔を出した。
「マコを傷つけた? 姉上様が? 本当に? マコはねぇ、そんな簡単に“傷”と思うことはないと思うよ」
「あなたは幼いから、まだわからないのですよ」
「え~、そんなことないもん。マコのことならなんでも知ってるもん。マコが悲しんでるなら、桜子ちゃんにでも頼めば慰めてくれると思うよ」
すかさずお初が眉を吊り上げる。
「正妻の姉上がいるのに、侍女の桜子に頼むのですか? おかしいとは思わないのですか?」
「え? マコの家族なら、みんな家族だもん。手は借りなきゃ。じゃなかったら黒坂家は盛り立たないよ」
お江の何気ない一言が、胸の底に小さく鋭く刺さった。簾の陰がまた揺れ、私の影もゆらぐ。
「……確かに、黒坂家を盛り立てていくためには、必要かもしれません」
「姉様!」
「真琴様が信頼している桜子三姉妹は、とても重要です。ただ、いま私が悩んでいることとは別の筋。今日は頼むことはありません」
「姉上様が悩んでるのって、マコを悲しみにでも落としたと思ってるから? ……さっき表玄関で会ったけど、マコ、いつもと変わらなかったよ。勘違いじゃないの?」
「あんた、またふらふらしてたのね」
「あっ……」
お江は舌を出して逃げるように部屋を飛び出し、その背を追ってお初も出ていった。
廊の先で、二人の足音が軽く遠のく。
――私の勘違いなら、どれほどよいだろう。
けれど真琴様は、確かに故郷……未来を懐かしむ目をなさった。
私の問いが、あの人の胸の奥の古傷に触れたのだ。
私は、どれだけ惨いことをしてしまったのだろう……。
庭の楓が風に鳴り、風鈴がかすかに応えた。指先に残る、さっきまでの後悔の熱が、なかなか退いてくれない。




