茶々視点外伝 茶々視点・⑤②話・黒坂真琴と茶の湯
私が織田信長の養女となった件は、織田家の評定で公にされ、同時に、私が黒坂真琴へ輿入れすることも言い渡された。
――といっても、日々の暮らしが劇的に変わるわけではない。ただ一つ、安土城内での真琴様の案内役が、森蘭丸から私へと改まっただけだ。
今日は、天主へ召された真琴様をご案内する。
義父となった織田信長公が御出座なさるまでのあいだ、私は炉の湯の音に耳を澄ませながら、薄茶を点てた。
畳に落ちる朝の光はやわらかく、遠く琵琶の湖面が風にきらめいている。
「……」
一口ふくんで、真琴様は無言。
「お口に合いませんでしたか?」
「えっ、そんなことはないよ。美味しいよ」
「嘘、ですね。遠慮のお顔です。――妻に遠慮は無用。妻は、夫の好みにかなうよう精進いたすものです」
「……う、うん。少し、薄いかなぁ」
「承りました。次は“唸らせる一服”をお出しします」
真琴様の舌は、城中で評判だ。
いつか本当に「美味い」と笑わせてみせる。そう心の中で拳を握る。
「そういえば――曜変天目茶碗を頂いたとか」
「ああ、本能寺後の残党討伐の褒美、だったかな。持ってはいるけれど、俺は自分で点てないからね。家ではいつも煎茶を淹れてもらってる」
「今度うかがった折、拝見したく存じます」
「うん、用意しておくよ」
やがて、義父が軽やかな足取りで天主に入ってこられた。
「茶々、儂にも一服」
「はは」
私は茶碗をあたため、泡を細やかに立てて差し上げる。
義父はひと息に呑み、感想も告げずに碗を置くと、そのまま話を切り出された。
「常陸が改良した新式の銃、あれに毛利の大軍は退くばかりよ。あと数日で滅ぶであろう」
「信長様、武具の話とあらば、お人払いを」
「常陸、茶々はすでにそなたの素性を知っておる。しかも嫁となる身だ。聞かせて困ることはあるまい。むしろ秘密を独りで抱え込むな、茶々と分かち、少しでも軽くしてやれ」
「……そう仰るなら。――あ、そうだ。信長様にお見せしたいものがある」
真琴様はそう言って、懐から見慣れぬ“板”を取り出した。
黒塗りの盆の上で、それは鈍くも不思議な光を返す。
私の喉が、かすかに鳴った。
この世の理の外から、そっと運ばれてきたもの――そんな気配が、確かにした。




