茶々視点外伝 茶々視点・⑤①話・お初の迷い
「……決まったのですね」
柱の陰からお初が現れ、伏し目がちにそう言った。
廊下に差し込む薄陽が、彼女の頬のこわばりを白く照らす。
「ええ。私は黒坂家に嫁ぎます。伯父上――織田信長の養女として。……織田家の駒の一つとなった私に、不満があるの?」
言いながら、胸の奥で小さく波が立つ。
浅井の血を継ぐ私が、信長公の駒となる――その響きが、いまだに骨のどこかを冷やすからだ。
「……相手が真琴だったら、そんな“駒”だなんて思いません」
お初の声は低い。
だが、その低さの奥に、火があった。
「では、どうして怒りを押し隠した顔をするの? 私は言ったはずよ。素直になりなさい、と。好いているなら、好いていると」
「私は……わからないんですよ、姉上様!」
お初は柱を一蹴りした。
木が鈍く鳴り、白い脛に赤い筋がにじむ。
それでも彼女は痛みを顧みない。
「なよなよしているようで強くて、頭も切れて、優しい――あの男に心が動く。この“動き”は何なんですか! 姉上様が嫁ぐ話が出てから、この胸の動きを隠すのにどれほど苦労したか……!」
私は一歩近づき、彼女の視線を正面から受け止めた。
廊下の空気が張りつめ、障子の向こうで風が庭の砂をさらう音がした。
「お初。それは間違いなく“恋心”というものよ。あなたは黒坂真琴を好いている。それだけのこと」
「私が……真琴を、好いている……。姉上様は、それでいいの?」
「だから言ったでしょう。敵味方に分かれるくらいなら――と。……母上様は、すでにあなたの内を感じ取っておいでよ」
お初の喉が小さく鳴った。
「……私、どうすればいいのかわからない」
言い捨てるように背を返し、お初は駆けていった。
裾が廊下の影を切り裂き、その影は角で途切れる。
追う侍女がこちらを見る。
私は目で「任せる」と伝えた。
今の暮らしが守られるなら――お初やお江が真琴の側室となること、私は受け入れる覚悟を、嫁入りの話が出た日から固めている。
むしろ、私が側室の立場であってもかまわない、とさえ思う瞬間がある。
真琴様なら、正室・側室の隔てなく、同じ温度で人に接する。
私は彼の“裏表のなさ”を、そばで幾度も見てきた。
だからこそ、皆が惹かれてしまうのだ。私も、その一人。
「――お初。あとは、あなた自身が迷いに気づき、素直に気持ちを打ち明けるだけ。自分との戦いに勝ちなさい」
消えていく影に、私は小さく呟いた。
これ以上、私が口を挟めば、きっと彼女は意固地になる。
――しばし、見守ろう。
胸の内でそう決め、私は静かに息を整えた。




