茶々視点外伝 茶々視点・⑤⓪話・黒坂家の嫁
伯父上にカレーと呼ばれる料理を献上したのち、黒坂様が私との婚姻を受け入れた――と、母上から告げられた。
「黒坂様が、あなたとならこの戦国の世を生きていけると結論を出しました」
「そうですか……」
「素直にお喜びなさいな。顔に出ていますよ」
どうやら、頬がゆるんでいたらしい。自分でも抑えきれない。
「黒坂様はどちらに?」
「先ほど茶室を出て、いったん天主に上がって景色を堪能していたはず。そろそろ大手門でしょう」
私は裾を払って急ぎ大手門へ向かった。石畳の白い光がまぶしくて、風が袖口を冷やす。門の影の向こうに、見慣れた背――いや、後ろ姿があった。
「黒坂様……いえ、真琴様」
「えっ、あっ、うん」
振り向いた真琴様は、少しむずがゆそうに笑った。門番たちの鎗がかすかに鳴り、行き交う兵の気配が遠のく。
「話は、聞いたのかな?」
「はい」
「……ちゃんと言うね。茶々。君みたいにしっかりした女性が、俺は好きだ。それに、こんなに美しいなら、なおさらだ。茶々となら、この戦国の世を生きていける。いや、生き抜く覚悟を持てる。俺の嫁になってくれ」
胸の奥で、ことん、と何かが定まった。
「はい。よろしくお願いいたします」
言い切った瞬間、真琴様の腕が私をそっと抱き寄せる。肩越しに陽のぬくもり、衣の香り、頬に触れる胸板の確かさ――その温もりは、思っていたよりずっとあたたかかった。短い一瞬なのに、ずっと昔から知っていた場所に戻ったような、不思議な安堵が広がる。
気づけば視界が滲んでいた。
「えっ、どうしたの、茶々。急に抱きついて驚いた? ごめん、ごめん」
「違いますよ、真琴様。嬉しくて……こぼれてしまったのです」
「そっか。なら良かった。……って、みんな見てるね」
門の石垣の陰で兵たちが目を逸らす気配。私は慌てて袖で目もとを押さえた。
「こんなところで……恥ずかしいです」
「ごめん、ごめん。今日はもう屋敷に戻るよ」
「はい」
私は一礼して見送った。背が門外の光に細くなり、やがて角を曲がって消える。胸の鼓動だけが、まだ速い。
居室へ戻ろうと廊下を曲がったとき、柱の陰からそっとのぞく影――お初が、じっとこちらを見ていた。瞳に差した光が、揺れた。




