茶々視点外伝 茶々視点・④⑦話・南蛮薬膳料理?
この日、私たちは読み書きの指導を受け、昼過ぎに遅れて黒坂家屋敷へ向かおうとしたところ、三法師が門でこちらを見ていた。
毎日のように私たちが通うのが気になったのだろう。
「三法師も一緒に行く?」
お江が声をかけると、三法師はこくりと頷く。
私は侍女に、三法師の守役へ「私たちと黒坂家へ行く」と伝えさせ、連れ立って歩きだした。
大手門外には、律儀に黒坂家の家臣がすでに待機していた。
もっとも黒坂家屋敷は大手門のすぐそば、心配は要らぬ距離ではあるのだけれど。
……歩を進めるうち、屋敷の付近になにやら人だかりが見えた。
「道を空けよ、姫様方がお通りだ」
護衛の声で人垣が割れ、私たちは屋敷に入る。
「今日は何の騒ぎでしょう、姉上――ん? 臭い……」
嗅ぎ慣れない、けれどどこか豊かな香りが漂ってくる。
玄関先には見慣れぬ男たちが膝をつき、頭を下げていた。
森力丸の家臣が、前田家の者だと教えてくれる。
前田の松が来ているのだろう。
広間へ案内されると、皆がちょうど昼餉の最中だった。
蒸気と香りが畳に沿って流れ、腹の虫が小さく鳴く。
「この匂いの元は、それかしら?」
「おっ、待ってたよ――って、今日は一人多い」
黒坂様は三法師を見つけ、目尻をやわらげた。
「マコ~、三法師だよ」
お江の紹介に、私は言葉を添える。
「現在の織田家当主・信忠殿の嫡男にあられます」
「そっか。黒坂常陸と申します。よろしくね」
黒坂様は三法師に歩み寄り、目線を合わせて挨拶する。
「三法師です。よろしくおねがいします。父上様が、常陸様とは顔見知りになっておけと」
小さな声ながら、はっきりした言いぶりだった。
「ほう、じゃあ今日から顔見知りだね。――みんな、お昼ご飯はもう食べた?」
「お腹ペコペコ~。習い事を終えて、すぐ来たんだよ、マコ~」
お江のはしたなさはいつものことだが、実際、私たちは空腹だった。
「桜子、すぐにカレーライス出して」
「はい、御主人様」
聞き慣れない名。
膳には、皆が食べている茶色い――とろりとした謎の食べ物。
未来の味、なのだろうか。ほどなく私たちの前にも膳が運ばれ、香り立つ「カレーライス」とやらが置かれる。
湯気に混じって、香草と油のあまい気配。
お江は遠慮もなく匙を取り、口へ運んだ。
「なにこれ~、すっごい美味しいんだけど、マコ~」
「どれ……あっ、確かに美味しい。――薬膳? 誰か病なの?」
お初が感想を零す。
三法師も無言で、しかし楽しげに食べ進めていた。
私ももう一口含む。漢方のような香りがかすかに舌に触れ、すぐに旨みに溶ける。
不思議と体が温まる。
「黒坂様、この料理は?」
「これはね、カレーって食べ物なんだよ。異国――インド、んと……釈迦が生まれた地の食べ物、って言えばいいかな?」
「お釈迦様の……でございますか?」
「今度、地図を描いて説明してあげるよ。今日は冷めないうちに食べて。――少し漢方みたいで食べにくいかな?」
「いえ。三法師も喜んでおりますし」
木匙の当たる器の音が、広間に軽く響く。
「ぬははははははっ。いや~、良い家に雇われた。大将が料理上手、しかも金に糸目無しで作る料理、美味し」
誰かの上機嫌な笑いに、緊張がほどける。
確かに、これほどの薬膳めいた料理は高価なはずだ。
香りだけで、用いた香辛の数がうかがえる。
「茶々様の夫となると聞いている方が、このような料理上手とは!」
三法師は食べ終えると、つい、と一言。
その瞬間、座の空気が一気に変わった。
お初の視線が、冷たく細くなってゆくのを、私ははっきり感じた。




