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茶々視点外伝 茶々視点・④④話・花の下、まだ散らぬ言葉

花の郭に、春の風がすべてを撫でていった。


薄桃色の花びらが湯気みたいに舞い、畳に落ちては揺れる。


漆黒の棗、白い茶碗の肌。


遠くでは堀を渡る水鳥の声、近くでは茶杓が筒から抜ける小さな木の音。


千宗易は息をするように道具を配し、湯のふくよかな気配ごと景色に溶け込ませていた。


「千利休の茶、美味し!」


真琴様の明るい声に、宗易は目尻だけで笑う。


湯の香がふっと強まり、薄雲が陽を和らげ、花の影が網目のように畳を走った。


――“利休”という名が未来から零れた音であることに、私は胸の内でだけ頷く。


「常陸、茶は好むが女子は好まぬか?」


伯父・織田信長の声は、春の空気を切る扇の縁みたいに鋭い。


黒坂様は茶を飲み損ね、軽く咳き込んで肩をすくめた。


「ゲホゲホ……なに、いきなり下な話を言い出すんですか?」


「常陸を慰めるために付けた下女、抱いておらぬと耳にしているぞ」


黒坂様がちらと森力丸を見やる。


力丸は花びらでも数えるふりをして空を見た。


花が一枚、黒坂様の肩に落ち、指先でそっと摘まれた。


「俺、身分の上下でそういうことするのは、ちょっと違うと思うんですよ」


「まあ? お三方に心の内を聞きましたが、黒坂様になら抱かれたいと三人とも申しておりましたよ。お情け――いえ、お種をいただけるなら幸せだと」


母上の言葉に、私は喉の奥が熱くなる。


懐紙の上に落ちた花びらが、かすかに震えた。


「常陸、ここにいる三人なら誰が好みだ?」


伯父の一言で、光が一瞬だけ止まった気がした。


黒坂様は視線を泳がせ、私たち三人の顔を順に見た。


その目は、剣を見る時よりも柔らかい。


「えっと……茶々は普段物静かで儚い花のような美しさがあって、いざって時には強い。お初はツンツンしているけど真面目で俺の指導した剣術はちゃんと自分の物にしようと学ぶ真面目さが伝わるし実は優しく竹を割ったみたいに筋が通ってる。お江は問答無用で可愛い妹ポジで、桜子たちにも優しくして、来るとうちがにぎやかになって……」


自分の名を含んだ評が、私の胸の底で小さく跳ねる。花の影が袖に落ち、網のように揺れた。


「その評価なら、三人の誰を選んでも文句はないな?」


「はい? 何がですか、信長様」


「阿呆か。嫁だ。三人の中から選べ」


風が強まり、花びらが盆の縁に集まって円を描く。


黒坂様は花を払わず、そこに視線を落としたまま、肩を落として笑った。


「ちょっと待ってくださいよ。俺は自分の世……自分の国に帰りたいと思ってるのに、家族を作れなんて無責任ですよ」


「貴様を帰すのは惜しい。帰す手段も見つからぬ。このまま織田家、我が手元におれ。そのために嫁を娶らせる。織田家家中で生きやすくなるぞ」


扇の閉じる軽い音が、私の背を押す。私は息を整え、膝にそっと落ちてきた花びらのやわらかさに、覚悟を乗せて口を開いた。


「……私たち――いえ、私のことはお嫌いですか?」


声が空へほどけ、茶の香と混じる。


黒坂様は目を丸くして、すぐ照れくさそうに笑った。


「茶々、何を突然……びっくりだよ」


「黒坂様。茶々はすでに覚悟を決めております」


母上の声は、湯の向こうの春陽のように穏やかだ。


「常陸の事は話してある。きっと支えになるであろう」


伯父の一言に、真琴様が短く息を吐く。


「あー、タイムスリップの事、話したのか……なら隠し事はなし、か」


「聞きなれない言葉の数々も、もう察せられます」


「そっか……。今すぐに答えは出せない。茶々が嫌いとかじゃなくて――茶々が覚悟を持ってくれたみたいに、俺もここに残る覚悟を決めないといけないから」


「さもあらん」


伯父がうなずく。宗易が差し出した次の一服は、泡が春霞のように細やかで、おもてに寄ってはほどけた。


「マコ~なに話してるの~」


お江が両の掌いっぱいに花びらを抱えて駆けてくる。


花はこぼれ、光のなかで雨になる。


黒坂様は一枚を受け止め、指で弾いた。


「国に帰るかどうか、の話だよ」


「え~、マコが帰るときは私、ついていくからね」


「はいはい、わかってるって」


真琴様の指が、お江の髪をやさしく撫でる。


花びらが一枚、そこにとまった。


春の光は満ち、茶の香と花の香が淡く重なっていく。


私は、胸の奥で静かに固まっていく輪郭――“決めた”という形だけを、何度もなぞった。


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