茶々視点外伝 茶々視点・④③話・仏間にて、覚悟のひと筋
居室に戻り、父上様と御祖父様の位牌が並ぶ仏間へ膝を進めた。
香のかすかな煙が天へ糸を曳く。
私は手を合わせ、額を畳に落とす。
背後では母上様が、音もなく私を見守っておられる。
「母上様、私は……道具にはなりとうございません」
「はい」
「されど、武家の姫として生まれた覚悟は、捨てませぬ」
位牌に向けたまま、胸の底から言葉を押し出す。
「黒坂様が、私を欲しいと仰せなら――嫁いでもよろしゅうございます。いえ、黒坂“家”であるなら、進んで嫁ぎましょう」
「心は、定まりましたか」
「はい。あのお方なら、この哀しき世の流れを止められる。止めうる“知”をお持ちにございましょう。違いませぬか」
「黒坂様は“戦のない日本”を知っておいで、と兄上から聞いております。きっと、その世へと流れを作りましょう」
「その流れを――共に、作りとうございます」
戦が常の国、女は縁を結ぶための“物”であるかのように扱われる国。
母上様もまた、浅井と織田を結ぶ楔とされた。そのすべてを変えるのだ。
誰よりも知を持つ男、黒坂真琴となら。
――と、理を並べてはみるが、胸裏に浮かぶのはただ一つの面影。
剣を教わるひと刻、食卓の笑み、妹らと戯れる横顔。
あの人の笑顔が、私の目から離れない。
「兄上と話を進めましょう。茶々は、何食わぬ顔で、これまでどおり黒坂家へ通いなさい」
「はい、母上様」
「それと――この話も、黒坂真琴の秘密も、他言は一切なりませぬ」
「お初ならば分別がつきましょうが……」
「お初やお江が、いずこへ嫁ぐか分かりませぬ。秘密を抱いたまま他家に入れば、いずれ誰かの命に関わります」
「……伯父上様の御手で」
「そういうことにございます」
「けれど、お初もお江も、他家へ嫁ぐ意志は薄いかと。お江は申すに及ばず、お初も――口では黒坂様を罵りつつ、誰より師として敬っております」
「承知しております。ゆえに、あの子らが望むなら側室に――と私は考えもいたします。……妹たちが夫の側室、耐えられますか」
言葉が喉に刺さり、私は沈黙した。
「それに、黒坂家の侍女も、すでにあの方を慕っております。あの者たちも側へ、と思うております。――鎖は多く、太ければ太いほどよい」
「母上様こそ、そのお考えが女を“物”と見ることに通じましょう」
「……なるほど。私は戦国に、慣れすぎておりましたね」
振り返ると、母上様の目に一瞬影が差す。
「母上様。黒坂真琴を使い、女が“物”ではなくなる世を、私が造ります」
母上様は私の手をそっと取って、帯から懐剣を外し、私の帯に差し入れた。
「浅井の家宝です。これで身を守り、家を守りなさい。よろしいですね」
「……はい、母上様」
香の煙は真直ぐに伸び、やがて、ほろりとほどけた。
この日、私は黒坂真琴の妻となると、静かに、しかし確かに、決めた。




