茶々視点外伝 茶々視点・③⑨話・参議黒坂真琴
「いや~……俺なんか、正四位下・参議・常陸守になっちゃったよ。あははははっ」
いつものように黒坂家へ顔を出すと、安土城から戻ったばかりの黒坂様が、玄関で帯も締め直さぬまま笑っていた。
「え? 参議でございますか? ――それは大出世。おめでとうございます」
参議と十万石――織田家中でも抜きんでた官途。国持ち大名に等しい。
「しかも十万石の給金だって。よく分からん。あはは……」
困惑をごまかすような笑い。嬉しさより戸惑いが先に立つのが、この人らしい。
「参議で十万石となれば、実質は家老格のご待遇ですよ」
「真琴……あんた、すごいじゃない」
お初は素直に驚き、言葉を失う。お江はというと――
「ふーん。ねえマコ、遊ぼ」
(この子は本当に大物だわ……)
「東国の三家を“料理”で屈服させた功は、一国に値します。当然のご褒美かと」
私が言うと、黒坂様は頭をかいて、
「信長様に『丹波一国どうだ?』とも言われたんだけど、遠慮したらこうなった。あっという間に“国持ち”なんて言われても困るし……」
今日は明らかに箍が外れている。嬉しさ、怖さ、くすぐったさ――いろんな色が、笑いに混ざる。
「あんた馬鹿ね。丹波、もらえるならもらっておけばよかったのに」
お初がばしんと背を叩く。
「領民をまとめる力なんて、俺にはないよ……」
「家臣を雇って、任せればいいの」
「めんどくさがりの慶次とかに?」
「それは……」
「若い宗矩に丸投げとか?」
「うっ……それも……」
お初、沈黙。黒坂様、にこにこ。
ふと、上杉家の『笹竹丸に雀』があしらわれた太刀袋が目に入る。
「その太刀は?」
「無銘一文字・山鳥毛。――貰っちゃった。あははっ。俺の“知ってるニュース”だと、七億円の価値だったはず。宝くじが当たった気分」
(ニュース? また分からない言葉……)と戸惑っていると、控えていた森力丸が補う。
「上杉景勝公が、饗応の料理、そして家臣にまで行き渡らせた振る舞いに感じ入り、殿へ下賜なされた品にございます」
「上杉様に、たいそう気に入られたのですね」
「伊達様、最上様も殿へ並々ならぬご関心。――上様(信長公)は殿を繋ぎ留められるため、官位と加増を重ねておられます」
「……ということは、まだ織田家の“家臣”には?」
お初が首をかしげる。
「うん。なってない。――『ずっと客分でよい』って、信長様は言うし。『織田の姫は絶対に娶らせる』とかなんとかも」
その“織田の姫”の一言に、私はお初と思わず目を合わせた。そこへ、お江が背後から黒坂様に抱きつく。
「じゃあ、マコのお嫁さん、私がなってあげるね」
「お江が嫁かぁ。何年先の話だろ。あははっ」
冗談と受け流す笑い声。けれど――参議、十万石、山鳥毛。
笑いの背で、黒坂・常陸介・真琴という名は、もう“個人”の器を越えはじめている。
胸の奥で、喜びと不安と、少しの誇りが、静かにせめぎ合った。




