茶々視点外伝 茶々視点・③⑥話・黒坂様の秘密?
宴がたけなわとなり、皆が腹をさすりはじめた頃、伊達輝宗が盃を置き、静かに口を開いた。
「上様――この度の料理を拵えし御仁に、直々に礼を申したく存じます。お許しあれませぬか」
伯父上・織田信長は口端をわずかに綻ばせ、森蘭丸へと顎をしゃくる。
「蘭、常陸介を連れて参れ」
「はっ」
ほどなくして、身なりをあらためた黒坂常陸介真琴様が広間の中央へ進み出て、座を正した。
「信長様、なんです? 今日は裏方でよいと仰せでしたのに」
あまりに率直な言は、逆に清々しい。上杉・最上・伊達の三人は、軽口に近い響きに一瞬、目を丸くする。
「こやつらがお主に会いたいと申す。座興よ、挨拶だけでよい。――そのほうら、これなる異国めく料理の拵え主じゃ」
伯父上が一座を見渡すと、黒坂様は小さく息を吸い、深く一礼した。
「……左様であれば。ええと――上杉景勝公、最上義光公、伊達輝宗公……緊張いたしますが。織田信長公の客分としてお預けにあずかっております、黒坂常陸介真琴と申します。本日の饗応の料理、取り仕切りました。お口に合いましたでしょうか」
三公の前で、少年めいた光を宿す瞳――その無邪気さが、場の空気をやわらげる。
「家臣ではなく“客分”――もったいない腕前よ。家臣に迎えたくなるほど……。失礼、我は伊達家当主・輝宗。以後、お見知りおきを」
「確かに、客分の器には収まらぬ業。拙者、鮭を殊の外愛し、これまで様々に食して参ったが、かくもサクリと衣に旨みを封じる品は初めてだ。山形の最上義光、感服仕った」
「美味に候。わざわざ西海の牡蠣を選び、さらにこのような趣向とは……ふっくらとして、気に入りもうした。越後の上杉景勝と申す。我ら家臣にも振る舞い料理を出していただきたいか。上杉の当主として手厚い饗応に礼を申します」
黒坂様は、ほっと胸の底を撫でおろすように息を吐いた。
「ご口に適いましたなら何より。――越後は……湯沢の湯が良いですね。山形なら蔵王に佳き湯が多く、米沢も、陸奥のほうも湯どころが多い。秋保、磐城湯本など……」
(――旅の……記憶?)
私が眉を寄せるより早く、三公の問いが重なる。
「越後に参られたことが?」
「山形に?」
「陸奥にも?」
その刹那、伯父上の扇がぱしり、と空気を裂いた。
森蘭丸が、心得顔で受ける。
「常陸介殿は、陰陽の学と剣の修行の折、諸国を巡られたとか、さようでございますな?」
促され、黒坂様は一拍置いて頷く。
「ええ、少々――剣の修行と、修験の真似事で。道中、湯にも恵まれました」
上杉景勝が、静かに問う。
「剣は、何流を?」
「常陸の生まれにて――鹿島の太刀を、少々」
「おお。されば、剣聖・塚原卜伝の流れ、孫弟子に当たられるか」
「……ま、まあ、そのようなところで」
どこか言い淀む気配を、利家殿がさりげなく拾い、場を和ませた。
「本日の料理、誠に美味にござった。これだけの人数分を取り仕切られたゆえ、さぞお疲れ。――上様、常陸殿はそろそろ」
伯父上が軽く頷く。
「うむ。挨拶だけの約定であったな。常陸、下がって休め。大義であった」
「失礼いたします」
黒坂様は静かに退き、襖の向こうへと消える。
私は――その影を追った。胸の内に灯った熱が、ただの祝宴の余韻でないことを、私自身がいちばんよく分かっていたからだ。




