茶々視点外伝 茶々視点・③⑤話・臣下の礼
天正十一年(1583)春。
安土城の大広間に、織田家の重臣が居並ぶ。そこへ、越後の上杉景勝、羽州の最上義光、奥州米沢の伊達輝宗が召し出された。
定式どおりの挨拶に続き、織田家へ忠節を誓う神紋血判状が差し出され、三大名は正式に織田家家臣の末席に列することを許される。
私は襖の隙から、その一部始終をのぞき見ることを許されていた。
――あれ? 黒坂様がいない。なぜ?
背後に控える侍女に身を寄せると、黒坂家の裏柳生のくノ一が、気配を殺した小声で告げた。
「大殿は台所にて、饗応の支度に不備なきよう目を光らせておられます」
私は小さくうなずく。
儀式がつつがなく終わるや、伯父上は森蘭丸に命じ、料理を運ばせた。
安土城の料理方が整えた本膳に加え、黒坂家自慢の“異国めく”品々。
見たことも聞いたこともない膳立てに、三人の目は思わず釘付けになる。
「東国の田舎では口にせぬであろう。南蛮の“フライ”と申す品々よ」
伯父上はみずから箸を取り、ひと口。
「相変わらず美味いのぅ。――ほれ、熱いうちが格別じゃ」
勧められても、三人はわずかに逡巡の色を見せる。
上杉側に控える家臣――直江影継が、主へささやくのが見えた。
「殿、慣れぬ物はお控えあそばせ」
伯父上は一笑に付す。
「毒など入ってはおらぬ。――蘭、毒味をいたせ」
「はっ。――上杉様の御膳より、ひとつ拝借」
蘭丸は懐紙に牡蠣フライを取り、座へ戻るや迷いなく口へ。
「おお……西の海の牡蠣を、わざわざ運ばせただけはある。実に美味」
素直な感想に、上杉景勝がわずかに眉を動かす。
「……“西の海”?」
蘭丸は淀みなく応じた。おそらく事前に言い含めがあるのだろう。
「饗応役の者曰く、『お国に近い味こそ何よりのご馳走』と。西海の牡蠣を選び申しました。
また、最上様は“鮭”を殊の外お好みと承り、工夫を凝らした品を。
伊達様には、魚のすり身と卵を合わせ焼いた“伊達巻”をぜひに、とのことでございます。
そのほか、お供の皆々には、鳥と牛蒡を炊き込んだ握り飯と、豚の肉を具とした熱々の汁を振る舞っております」
毒味は済み、好みも立てられている――口に運ばぬわけにはいかぬ。
三人は恐る恐る箸をのばし――その顔が、一度にゆるんだ。
「牡蠣をこのように……初めてだ。――美味い」
“偏屈者”と評されていた上杉景勝でさえ、続けて言う。
「お供の者にまでお気遣い、痛み入る。上杉景勝、何と礼を申せばよいか」
深く頭を下げると、最上義光は鮭の皿を見つめ、短くも重い一言。
「鮭の旨みが逃げぬ。――美味」
伊達輝宗は、伊達巻のやわらかな甘みに目を細め、しみじみと頷いた。
盃も進む。箸も進む。
控えていた森力丸が、膳の減り具合を見ては台所へ合図し、都度、熱々が差し替わる。
三人の箸が止むまで、しばし時を要した。
伯父上は満足げに座を眺め、かつて黒坂様を陰で笑っていた織田家の家臣たちでさえ、黙々と箸を動かし続ける。
この広間にいる者すべての“胃袋”を掴み切って――黒坂・常陸介・真琴は、戦わずして勝利したのである。




