茶々視点外伝 茶々視点・③④話・饗応料理の完成
数日に及ぶ試行錯誤の末、饗応の献立がついに整った。
その間に――お江は、ほんのり丸みを帯びたように見える。
「茶々、盛りつけ終わった。見てくれる?」
黒坂様が、侍女三姉妹の配膳した膳を示し、一品ずつ指し示しながら説明する。
まずは黒坂家の定番――“唐揚げ”。
続いて、一口で食べやすく仕立てた“とんかつ”。
“鮭フライ”、“牡蠣フライ”、“海老フライ”――いずれも衣は薄く、香り高い。
さらに、高価な砂糖をふんだんに用いた卵と白身魚の焼き合わせ――“伊達巻”。
酒は前田慶次が選び抜いた銘。
そして供回りへの振る舞いとして、“豚汁”と“炊き込みご飯”。
至れり尽くせりの献立である。
「供の者にまで行き渡らせるなど、並の心づくしではございません。これは良いお考えです」
「茶々にそう言ってもらえるなら、大丈夫だ」
「なぁ、大将。俺の言ったとおり“量も華も”だろ?」
「慶次の意見を疑ってはいないさ。ただ、最終確認は必要でしょ」
むっとした慶次は、つまみ食いしつつ腰の瓢箪を外してひと口。
そこへお江が目を輝かせて駆け寄る。
「マコ〜、伊達巻き、すっごく美味しい!」
「試作がうまくいって良かった。たくさん作ったから、お市様に土産で持っていきなよ」
「うん、母上様、喜ぶと思う!」
桜子が詰めたお重を、お江はうれしそうに抱えた。
「料理の……変態――いえ、ここまで来ると奇才ね。剣の達人、陰陽の理にも通じ、未知なる料理まで……“変態真琴”が大変、に……」
言葉が追いつかず混線するお初を、黒坂様は笑って見守る。
「見たことも聞いたこともない料理で“田舎大名”をもてなす。すなわち料理で織田家の力を示す――黒坂様にしかできない芸当。まさしく“軍師”の名に相応しゅうございます」
「茶々、それはさすがに褒めすぎだって」
照れ笑いの横顔に、私の胸の内はゆるりと温まった。
――数日後。
伊達家、最上家、上杉家の一行が相次いで安土へ到着し、城中はその話題一色となる。
「饗応役は、あの黒坂様だとよ」
「上様直々のご指名だ」
「異国めいた料理で目先が変わるだけさ」
「明智の二の舞にならなきゃいいがな」
「可愛がられてるが、化けの皮が剥がれる時が来たな」
流言飛語は、どれも黒坂様に冷ややかだ。献立も腕も知らぬ者たちの、軽口にすぎないのだけれど――。
「茶々姫様、家臣の噂話なんぞ気にせんでよろしい」
「……前田利家殿!」
背後から掛けられた声に思わず振り向く。
「常陸様の料理がすごいのは慶次から聞いとる。心配しとらん。――が」
「“が”、何でございましょう」
奥歯に物が挟まった言い回しに、促すと、利家は声を落とした。
「越後の上杉景勝の案内役を申しつかってな。越後から安土まで共にしたが、あれは一切、口を開かん。まこと、何を考えとるか見えん。――あの男を“料理”で、饗応で屈服させられるかどうか」
「偏屈……というより、底が知れぬ御方、ですのね」
「そうだ。だから上様にも『席ではご用心を』と申し上げたが、あまり気にはされておられぬ様子で……」
「ならば、黒坂家の忍びを潜ませておきましょう。柳生宗矩に手配させます」
「さすが、黒坂家“未来の奥方”――話が早くて助かる」
「誰が奥方ですか!」
「茶々様、声が大きい!」
慌てて口をつぐみ、私たちは噂話を聞いていたことを悟られぬよう、その場を離れて居室へと急いだ。
膳の上の“伊達巻”の黄金色が、胸のざわめきを、ほんの少し和らげてくれる気がした。




