茶々視点外伝 茶々視点・③②話・とんかつで饗応役?
翌日、森力丸が使いに現れ、「本日の稽古はなし。黒坂様、上様の御召しにて登城」と告げた。
政の相談だろうと気にも留めず、私たちは居宅で過ごす。
昼過ぎ、城内を散策していると、茶室の縁先から黒坂様が出てこられ、大きくため息をついた。
「いかがなさいました、黒坂様」
「ああ、茶々か。今日は稽古、すまないね」
「お役目が先でございます。――ですが、何かお悩みでも?」
「“饗応役”、つまり接待の料理係を申しつかったんだ」
「ほう。どなたのために?」
「奥州の伊達、羽州の最上。それから越後の上杉」
「伊達家・最上家は日頃より贈り物もあり良好な間柄ですが……上杉家まで?」
「信長様が“武士の棟梁”と帝から認められた形になったでしょ?上杉は朝廷に背けず、恭順の意を表して上洛、正式に臣下の礼を取ることになったそうだよ」
「東国の大名がわざわざ安土に参る以上、饗応で迎える――重いお役目ですわね」
「はあ……困った。俺の料理で接待なんて」
「いつものお料理をお出しになれば宜しいではありませんか。どれも美味。さらに“豚”など希少な品を手に入れる算段もおありなのですから、料理そのものが織田家の“力”を示します」
「――料理で心まで臣従させる、というわけか」
「左様。饗応を命じられた真意はそこにございましょう」
「『金の心配はするな』って言われたのは、そういうことか」
「黒坂様の“不思議な知識”で、諸大名の好物などご存じでは?」
「はは、さすがにそこまでは……ん? 待てよ。――最上義光は“鮭”好きで、皮を焦がした家臣を叱った逸話をどこかで読んだ気がする。伊達は……政宗なら“ずんだ餅”だが、今回は父上の時代。でも好みは遠くはないはず。仙台名物の原型を再現すれば……」
「ほら、ご自身で冷静に考えれば出てくるではありませんか。何かあれば、お手伝い――いえ、“織田信長の姪”という立場で橋渡しもいたします。遠慮なくお申しつけを」
「えぇ、それは迷惑じゃない?」
「剣の師が困っておられるのに手を貸さぬ弟子――そんな無礼者になるつもりはございません。それに、私たち三姉妹はあなた様に大きな借りがあるのです」
「……ああ、あの襲撃の件は忘れていいのに」
「忘れられません。伯父上にとっても命の恩人、そして私たちにとっても――黒坂様は命の恩人です」
――本能寺の変ののち、残党が安土に忍び込み、私たちは命を落としかけた。
助けたのは、他ならぬ黒坂様だった。
「そこまで言ってくれるなら……饗応に出す料理の“味見”を頼むよ。この“時代の武将”が喜ぶ味付けにしないと」
「“この時代の武将”?」
「あっ、その言い方は忘れて。――とにかく、味見して相応しいか判断して」
「承りました。お江はきっと大喜びでしょうね」
「はは、確かに」
黒坂様は苦笑し、先ほどの一言を笑いで押し流した。
――“この時代の武将”とは、いったいどういう意味か。
その疑問がほどけるまで、もう少し時を要することになる。




