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茶々視点外伝 茶々視点・②⑧話・正二位左大臣平朝臣織田右近衛大将信長

伯父・織田信長は天正十一年(1583)正月三日、京にて盛大な馬揃えを催し、織田家の威勢いささかも衰えず――と世に知らしめた。

その報せを携え、使者が安土へ駆け戻る。黒坂様と母上様(お市)の御前での口上に、私は末席を許され、黙って耳を傾けた。


「上様は一万の大軍を率い、鴨川の河原にて、公家衆の目前で常陸様ご考案の新式火縄銃の威力を披露なされました。公家衆、肝を潰し、上様に太政大臣・関白・征夷大将軍、いずれか拝任をと奏聞。これに対し上様、『足利義昭討伐の勅命あらば受くる』と仰せ。朝廷これを容れ、岐阜様(信忠公)へ義昭追討の勅命下されました。上様は大いに悦び、討伐後に征夷大将軍就任を期すべく、まず正二位左大臣・右近衛大将の官位を拝されました」


母上様も黒坂様も、静かに聞き終える。

使者がさらに続ける。


「上様、『常陸様の画策のとおり運んだ』と上機嫌にて」


私ははっとして黒坂様の横顔を見た。黒坂様は小さく肩をすくめ、いつもの調子で言う。


「いやぁ……足利義昭は京を逐われても“名目”は征夷大将軍のまま。そこを片付けておかないと、何をしても後ろ指さされる。馬揃えで“見せ”れば、勅命は下りる――そう踏んだだけだよ。武家の頂点を討つ手順を誤れば、『謀反』の悪名が後世に残る。だから、筋を通す策」


「後世の評を気にかけられるのは、あなた様ならではね」


母上様は、二人にしか通じぬ言い回しで微笑む。

(――それほどまでに、“後世”が大切なのだろうか)


使者は拝礼してなお告げた。


「上様は、常陸様ご発案の『平安京十二門の再建』と『土塁による都の総構え』の作事指示を終え次第、安土へ御帰城のご予定。並びに『京に城を築くゆえ、好適の地を考え置け』と、常陸様への伝言にございます」


「……京に城、か」


黒坂様は腕を組み、黙然と思案に沈む。


「ご苦労であった。下がって休むがよい」


母上様が使者を下げられる。


「常陸様、御入用の品があれば手配いたしましょうか」


問う母上様に、黒坂様はすぐ答えた。


「うん――地形図、つまり地図が欲しいですね。日本の大まかな地形は頭に“インプット”されてるけど、街道筋まではさすがに……」


「……“いんぷっと”?」


聞き慣れぬ語に、私は首を傾げる。黒坂様は苦笑いして言い換えた。


「ええと、“頭に入っている”ってこと。――要するに、地形は覚えてるけど細かな路は要確認、って話」


「茶々、それ以上はおやめなさい。それより、力丸に言いつけて今井宗久のもとへ使いを」


「地図の件ですね。承知しました、母上様」


私は廊に出て森力丸に声を掛けようとしたが、すでに彼は庭に控える家臣へ素早く手配を飛ばしていた。


障子越しに射す冬陽は白く、庭の雪は浅く光る。


――黒坂常陸介真琴。


この御方は、もはや伯父上の“軍師”その人にほかならぬ、と私は気が付いてしまった。



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