茶々視点外伝 茶々視点・②③話・黒坂家の食事
私たち三姉妹の日常は、いつしか黒坂家へ通うことに定まっていた。
母上様はそれを咎めることなく、毎朝、機嫌よく送り出してくださる。
屋敷で私たちがすることと言えば、まずは剣。黒坂様と柳生宗矩より手ほどきを受けるのが常である。
お江はと言えば――“裏柳生”と呼ばれる黒坂家家臣のくノ一とやけに仲がよく、気づけば梁の上や庭石の陰でこそこそと何かを習っている。
朝、身なりを整え、朝餉を済ませて屋敷へ向かう。
稽古で汗を流し、日がいちばん高くなる頃、昼餉をいただく。黒坂家の昼餉は、いつもながら侮れない一食だ。
この日は“そば”と呼ばれる細い麺。
これまでわたくしは、蕎麦といえば“そばがき”しか知らなかったが、黒坂家では細く延した生地を茹で、味噌の上澄みでひいた汁に浸して食す。汁には雉肉と山菜が香りを添え、湯気に野の匂いが立つ。
この料理は黒坂様の知恵をもとに、桜子たちが工夫して拵えたものらしい。
「マコ~、これ美味しい~」
「ほんと、真琴って美味しいもの作るわよね」
お江とお初が揃って頬をほころばせる。実際、舌に素直においしい。
「いいでしょ。蕎麦は好きなんだ。俺の知ってる食べ方じゃ、これが当たり前でさ」
「それは――常陸国では当たり前、ということでしょうか?」
わたくしが探りを入れると、黒坂様はどこか気まずそうに笑って、はぐらかした。
この御方の料理は、見たことも聞いたこともない品が多い。それらで伯父上の舌を唸らせているのも、もはや珍しくない。
「蕎麦は身体にいい食べ物だよ。毎日とは言わなくても、折に触れて取り入れたほうがいい。血をさらさらに――ええと、巡りをよくする効果とか、植物のたんぱくで美肌、とか……そんな話だったはず」
「「美!」」
思わず、わたくしとお初の声が重なった。
「ははは。茶々たちは十分美人だから、あまり気にしなくても――」
「わたくしが美しい? まあ、女誑しめいた御言葉をどこで覚えたのかしら。……はっ、さては遊び人で名高い前田慶次を雇ったせい?」
「ちがうちがう。思ったことを言っただけ」
「わたしも美しい? ねえ、マコ~」
「もちろん。お江は可愛いよ」
お江は蕎麦椀を置くや、するりと黒坂様の袖に寄り、頭を撫でられて上機嫌だ。
「しかし、一日三度も食事を取るのでしょう、黒坂家では? 無駄に肥えはしません?」
お初の問いに、黒坂様は箸を置いて穏やかに言う。
「偏らずに食べていれば太らないし、剣の稽古で身体も動かしている。むしろ三度は必要だよ。医食同源――これは信長様にもお勧めしてる。
三度の食で“基礎の体力”を切らさないようにしておくと、病にもかかりにくくなる。うまく言えないけど、からだの“燃えさし”を絶やさない感じ、かな」
「黒坂様は、医の術まで修めておられるのですか?」
再び疑いを向けると、黒坂様は困ったように笑って、またはぐらかす。
――ここへ通えば通うほど、この御方の謎は増えていく。
けれど、膳の湯気と笑い声のあいだで、その謎さえ、いつしか心地よい余白に思えてくるのだった。




