茶々視点外伝 茶々視点・②②話・黒坂真琴と大鎧
「……げっ。大鎧が届いてしまった」
私たち姉妹が、いつものように黒坂家の屋敷でくつろいでいると、今井宗久の使者が具足入れを抱えて現れた。
「常陸様。主人の申しつけにて、甲冑をお納めに参りました」
「え? もう出来たの? 頼んだの、つい先日だよね」
「いえ、こちらは常陸様が鎧をお持ちでないと聞き及び、もしもの折のため主人がご用意したもの。いま採寸して拵えております南蛮式甲冑とは別物にございます。たまたま常陸様の体格に合う品が手に入り、急ぎお運び仕りました」
「俺、合戦へ行く予定はないんだけどな……」
私は口を挟む。
「黒坂様。織田家に席を置く身であれば、戦はいつ起こるとも知れません。今井宗久殿の気遣い、ありがたく受けるべきです」
「そうよ。姉上様の言うとおりだわ」
稽古を終えて汗を拭いながら、お初も顔を出す。
「御大将、姫様方の申すとおりにござる――おっと、俺はちょいと一献に」
前田慶次は慌ただしく袴の裾を払って出ていってしまった。
「みんながそう言うなら、受け取っておくか。代金は?」
「上様より賜っております。それと南蛮式甲冑は一月ばかりで仕上がる由、主人より言付かっております。それまでのあいだ、なにかございましたら、まずはこちらを。――では用は済みましたゆえ、これにて」
使者は礼を正して去っていく。
黒坂様は桜子たちに命じ、具足入れから甲冑を出させて床の間に飾らせた。現れたのは、堂々たる大鎧。
「また古風な鎧だね」
「体格に合うのが、これしかなかったのでしょう。大鎧は太刀を振るに良いけれど、防御はやや心もとないのよね……」
「つべこべ言わないの。仕方ないじゃない、真琴は背が高いんだから!」
お初が少し叱るように言う。
「わかったよ、わかった」
「ねぇねぇ、マコ~。着て見せてよ」
「一度、着慣れておくか。桜子、手伝える?」
「はい。こちらに参る少し前、武家奉公の作法を――森家にて仕込まれております。三人で手伝えます」
「じゃあ、奥の間で」
黒坂様は大鎧とともに奥へ。三姉妹が手際よく草摺を整え、袖を吊り、威糸の張りを見て、緒を結ぶ。ほどなく、具足櫃の香木の匂いとともに、武者姿が広間に現れた。
「――“馬子にも衣装”って言うのかしら?」
お初が横目でからかう。
「それ、似合ってるってこと?」
「か、勘違いしないでよね!」
「どっちなんだよ、まったく」
そうぼやきつつ、黒坂様は庭へ出て太刀を抜き、軽く素振り。草摺がさらさらと鳴り、日の光が小札の面に細かく走る。
「マコ、すっごく似合ってる。かっこいい!」
お江が目を輝かせると、黒坂様はつい口元を緩めた。
「黒坂様、着心地はいかがで?」
「なかなかいい。古い物を――ええと、リメイク……いや、改めて仕立て直して急ぎ整えてくれたんだろうね。剣を使う俺に合わせてある。ほら、この脇のあたり、振りが邪魔にならない」
「それは結構。これで、当面なにか事が起こっても一安心ですわ」
「はは……事なんて、起きてほしくないけどね」
苦笑いが、兜の無い額に柔らかく浮かんだ。
――後日、私は今井宗久に確かめた。
この大鎧は武田家秘蔵・楯無鎧の“写し”の品だという。黒坂様の体格に急ぎ合わせ得るものがほかになく、まずはこれを。だが物は上々、いずれ南蛮式が出来上がれば、間に合わせの役目を終えて床の間を飾るにふさわしい――宗久は、そう評していた。




