茶々と蒔絵大工道具と左甚五郎《時系列350話付近(8巻)》7巻&コミックス2巻好評御礼SS
「急な呼び出しとはなんでごさざいましょう」
そう言って私の前でなぜか震えている左甚五郎。
(私はなぜに呼び出しを受けているのだろう・・・・・・殿様が樺太に出向いている間に)
「そう震える事は何もありませんよ、ふふふふふっ」
「えっ?」
「真琴様が不在時に呼び出したからと言ってあなたに罰を与える理由はありません。萌彫りは真琴様が命じられている物、それを黒坂家に嫁いだ私が反する行為をするわけではないではありませんか」
「お初の方様は・・・・・・」
「お初は真琴様が内緒で造るのが気に入らないだけですわよ。 あなたの腕まで否定をしていません」
「はぁ・・・・・・」
「今回はむしろ貴方に渡したい物があります。 これです」
そう言って侍女が運んできた物は見事な蒔絵が施された大工道具の数々だった。
「真琴様は領地や給金、官位は気にされていますがこういった物はあまり気にされていませんからね、あなたへの褒美です。 笠間稲荷の門で真琴様の力が増したことは耳にしました。 その褒美です」
「ってことは萌彫りを認めていただけたのかと?」
「勘違いしてはいけませんよ。 あなたの彫刻は本当に素晴らしい物です。 ただ、真琴様に命じられて作られている物は・・・・・・しかし、動物、神獣などの彫刻、私も、お初も認める素晴らしい物です。 それを今後も続けていただくべくこれを授けます」
「お方様・・・・・・」
「知っていますか? 真琴様はいずれ『陽明門』なる門を造ることを計画していると」
「え? 聞いてはおりませんが」
「そうですか? なら、あなたの構想として考えていなさい。 三日三晩見ていても飽きない門です」
「三日三晩ですか?」
「あなたの腕なら一週間見ていても飽きない門を造れるでしょう」
「はぁ・・・・・・」
「これはそれを造る時に使うと良いでしょう」
(お方様からのありがたい御指名、これを断る理由は見当たらない)
「はっ、この甚五郎、その時のために腕を磨き続けていきます」
「それで良いのですよ。さしあたっては、下野を賜った森力丸が真琴様の御智恵を使って日光と言う地に寺社仏閣の整備を始めました。 貴方もそれに手を貸してあげなさい」
「・・・・・・あの、それでしたら大殿様より『眠り猫』や人の一生を猿に例えた物を彫刻しろと承り、某の息子達に命じましたが」
「そうですか、跡取りに・・・・・・左甚五郎、その名はあなたの家を継ぐ者の名とすることといたしましょう。 あなたは真琴様と共に異国に行くことも多いですからね」
「・・・・・・左家を継いでいける。 それは何よりも名誉なこと、ありがたき幸せ」
「しかし、勘違いしてはいけませんよ。 真琴様にとっては貴方が左甚五郎であり、黒坂家の大工棟梁、最後の最後まで付き合わなければいけません」
(それは殿様を奉る社寺を造る時は某が? それを口にしては不吉なことと思い、口を閉ざすと奥方様は)
「ふふふふふっ、気構えることはありません。 あなたは年上なのですから。 兎に角、あなたは最後の最後まで真琴様に仕えることだけを考えなさい」
「はっ」
(心を読み空かされている恐ろしさを感じた)
そんな私は異国でこれから多くの萌門を造ることになるのは、きっとお方様は察していたのだろう。
この時賜った、素晴らしい大工道具は大いに役に立った。




