第99話 1585年正月
除夜の鐘を耳にしながら俺は眠った。
京の都での除夜の鐘が聞けるというのはなんともぜいたくな気分ではあるが、日の出を拝みたいがために早く寝る。
日の出前に目が覚めたので、銀閣寺の二階から東の空を見ると山の影から少しずつ上がってくる日の出に頭を下げて、柏手を打ち初日の出を拝んだ。
朝飯を食べて、正装の深い緑色の大紋の着物に着替え烏帽子を被った。
この時代の、武士の正式な正装。
吉田山山頂天守下の本丸御殿に登城する。
俺は一番の登城らしく、信長に一対一で新年の挨拶をした。
「新年おめでとうございます」
「おめでとう、格式張った挨拶はよい、今日は常陸は広間の上座右側に座っておれ、左側には信忠が座る、皆の挨拶を受けよ、ただただ偉そうに座ってればよい」
「無言で座っているのは良いのですが、寒いのは・・・」
と、俺が言うと呆れた笑いをしていた。
「あぁ、わかったわかった、毛皮を用意してやる、っとにその寒がりをどうにかせい」
別部屋で暫く待ったあと、広間に移動する。
欄間には松竹梅が描かれたステンドグラスが、目に入った。
その欄間の奥が上段の間で畳敷き、さらに、その奥には鳳凰の描かれた欄間のステンドグラスがあり、簾がかけられ奥が見えない作りになっていた。
奥の壁にはカラフルな光が射しているのが微かに見える。
上上段の間の存在は行幸を行う意思の現れである。
ステンドグラスは確かに立派だが、俺はそれなりに見た経験があるので驚きはしないが、感心はする。
作れたんだ、しかも、短期間でと、感心しながら眺める。
狩野永徳が下絵を作った和と、ステンドグラスの洋の共演は美しかった。
後世に残れば間違いなく国宝だろう。
しかし、ガラスって固まっているようで実は液体、古いステンドグラスは重力に従い下に少しずつ垂れていくらしい、なかなか面白い、このステンドグラスが畳に到達するまでは何年かかるのだろうと興味があるが、流石に生きているうちには下に垂れてきているのもわからないくらいの流動なのだろう。
緑が輝く松の木々、黄色に近い若竹が勢い良く伸びた竹林、満開の赤い梅のステンドグラスには新たな芸術文化の幕開けを予感させた。
板の間には毛皮の座布団が左右に置いてある。
虎ですね。
熊より毛が短くさわり心地の良い虎の毛皮に座る。
暫くすると、信忠が左側の虎の毛皮に座った。
「新年おめでとうございます」
と、俺は頭を下げると、
「おめでとう。と、言うか変わった敷物を出させましたな」
と、信忠は困惑した様子ではあった。
「はははっ、寒がりなもので、すみません」
と、謝ると苦笑が返ってきた。
蘭丸が、
「挨拶衆が入ります」
と、言うと次々に武将達が前に来て新年の挨拶をしては列に座っていく。
その中には、柴田勝家、羽柴秀吉、滝川一益、丹羽長秀、前田利家、佐々成政などなどの家臣に、同盟者の徳川家康、臣下になった上杉景勝、最上義光、伊達輝宗、蘆名盛隆、相馬義胤、南部信直などの奥州の大名も上洛をし登城をしていた。
小田原の北条家からは氏政の弟の北条氏規、常陸の佐竹家からは佐竹義宣の弟の佐竹義広が登城。
九州の大名で織田家に恭順の意を示している、大友宗麟と立花宗茂は島津との戦いが激戦となり上洛は免除された。
一同がならび終わった頃、上段の間に椅子が運ばれそこには、南蛮の服を身に纏った信長が座った。
「みな、上洛年賀の挨拶大義である、このまま京に留まり10日の征夷大将軍、宣下の儀に列席を命じる」
と、言って退席した。
列席した武将達はひれ伏していた。
このあと、宴席になり織田家家中の面々の表情は晴れ晴れとした表情をしていたが、佐竹義広と北条氏規の表情は曇っていた。
俺は長居をせずに宿舎の銀閣寺に戻った。