第0話 プロローグ・過去からの手紙
《手紙が届く、時を超えて》
薄暗い蔵の中、埃にまみれた木箱が静かに眠っていた。
法隆寺の住職がその蓋を開けた瞬間、誰もが息を呑んだ。
そこには、一通の手紙。
墨の香りがかすかに漂い、紙は黄ばんでいたが、折り目にはまだ力強さが残っている。
まるで昨日書かれたかのような、奇妙な生命力を放っていた。
「拝啓」と始まるその文面を、住職は老眼鏡越しにじっと見つめた。
一文字一文字を追うたびに、彼の眉間に深い皺が刻まれる。
「異世界転移」「パソコン」「美少女フィギュア」——時代錯誤も甚だしい単語が並ぶ。
そして署名。
「正三位大納言常陸守 黒坂真琴」。
住職の手が震えた。
これは何だ? ただの戯れか、それとも——。
◆◇◆◇◆◇◆◇
拝啓
こちらの世界に来て早、五年が経過しました。
修学旅行で消えた私が元の世界でどのように扱われているのか心配ではありますが、信じられない話しですがいわゆる異世界転移と言うのでしょうか、タイムスリップをしてしまいました。
正直、異世界ライトノベルを愛していた私自身がこの様な事になるとは思ってもいませんでした。
しかし、私を厳しく育てていただいたおかげでなんとか戦国時代を生き抜くことが出来ました。
父上様は私に人の上に立つ人物になれと仰いましたが、この時間線で征夷大将軍となった織田信長公より私は正三位大納言常陸守と言う官位をいただきました。
家臣も大勢おります。
大臣になれと言っていたお祖父様は元気でしょうか?
もうすぐ私は右大臣になれそうですが総理大臣にはなれなさそうです。
書きたいことはいろいろありますが一つ頼みがありましてこの手紙を書いた次第にございます。
私の使っていたパソコンを破壊してはいただけないでしょうか?
あの中には誰にも見られたくない私の黒歴史が詰まっております。
それに押し入れに隠しておいた『美少女フィギュア』、『美少女抱き枕カバー』、『美少女タペストリー』、『VTuber美少女のアクリルスタンド』、『コミケで買った薄い本』を処分していただきたくお願いいたします。
そしていつか同人誌をと思い、描きためていた萌美少女イラストも誰にも見られることなく処分していただきたくよろしくお願いいたします。
特に萌香と佳代ちゃんには見られたくないのでこっそりと処分していただけると助かります。
そうそう、黒ギャルの写真集は父上様に差し上げます。
私の記憶が正しければ、法隆寺は平成まで火災もなく残ると思いますので、この手紙を法隆寺住職に託させていただきます。
こちらの世界ではオンラインゲームはありませんが、毎日が歴史シミュレーションゲーム、いや、RPGをしているかのように戦国時代を楽しんでおります。
父上様、母上様、皆様、こちらの世界でそれなりに幸せに暮らしていますので御安心ください。
茨城県立北常陸高等学校二年B組 正三位大納言常陸守黒坂真琴
◆◇◆◇◆◇◆◇
臨時ニュースを知らせるテレビ番組が報道されている平成●●年1月1日、例年の恒例風物詩、元日だというのにくだらないバカ騒ぎのお笑い番組が急遽差し替えられ特別報道番組となっていた。
「元旦早々、臨時ニュースです。
日本を統一した織田信長の軍師として名の残る常陸藩初代藩主黒坂真琴の手紙が発見されました。
しかもその内容が驚きなのです。
安土幕府時代にあるはずもない『タイムスリップ』『パソコン』『美少女フィギュア』『美少女抱き枕カバー』『VTuber』『コミケ』『オンラインゲーム』『黒ギャルの写真集』の言葉があります。
この人物は一体何なのでしょうか?他に残されていた黒坂真琴の手紙との文字鑑定も一致、炭素測定においても紙や文字に使われた墨、封印されていた箱が安土幕府時代の物であることが科学的に証明されました。
これはタイムスリップをしたという証拠なのでしょうか?謎が謎を呼び専門家が頭を悩ませています。
しかも現在、副首都である茨城県には茨城県立北常陸高等学校が存在し、黒坂真琴は2年前の修学旅行で失踪した人物の名なのです。
本当にこの人物はタイムスリップをしたのでしょうか?真相解明が待たれます。
残されたパソコンに謎を解く鍵があるのでしょうか?政府はこの黒坂真琴のパソコンを回収し分析した内容を全面公開する方針だと発表いたしました」
人気アイドルアナウンサーが大真面目にニュースを読み上げていた。
法隆寺の蔵から発見された一通の手紙は世界の話題、謎、ミステリー、都市伝説として世界をざわつかせる事件となった。
そして残されていたパソコンには、小説投稿サイトに投稿していた異世界ハーレムライトノベルが残されており、とても下手な文章で読めたものではなかったが政府が解析したのち、プロの作家が改稿校正し出版され、世界中で翻訳され大ヒットとなった。
それは黒坂真琴が隠れオタクであったことを親類縁者やクラスメイトだけでなく、全世界の人々が知る事となるほどのヒットとなった。
さらにこの事件を受け、国内外の研究者が黒坂真琴の存在を詳しく調査し始めた。
ある大学教授は、真琴が戦国時代に築いた軍政改革や独自の戦術が、後の日本の戦国史に影響を与えた可能性を指摘した。
また、彼が残した書簡の中には、現代人しか知り得ないような技術的記述があり、その信憑性が議論されることとなった。
そして数ヶ月後、新たな手紙が再び発見された。
それは黒坂真琴自身が書き残した日記の一部であり、彼の苦悩と葛藤、そしてこの世界で生き抜く覚悟が綴られていた。
「元の世界に戻れるのだろうか。もし戻れたら、もう一度あの部屋で美少女ゲームをプレイしたい。しかし、私にはこの時代を生き抜く責務がある。信長公に忠誠を誓った以上、私はこの世界で武士として生きる」
この日記の発見により、黒坂真琴が単なる都市伝説ではなく、歴史の一部であったことがさらに裏付けられたのだった。
しかし、彼の望みどおり、パソコンに残された黒歴史を完全に消し去ることはできなかった。
彼の作品は後世に受け継がれ、現代のオタク文化にすら影響を与える伝説となったのだった。