八番 キャッチャー 部室⑧
姫島が「うおっち!けど……!」と異論の声を上げる。だが、うおっちこと黒髪長髪女は壁に体を預けたまま、西九条よりも冷静にこんなことをいった。
「その子の言っていることは嘘ではないの。むしろ事実に近いわぁ。生徒会は、仮部活に対して口頭での仮入部を認めている。正式入部だと、部自体が潰れてしまったときに手続きが面倒だからぁ………」
「………くっ」
「そして、侮辱の件もまた妥当。カスは悪口として認められしまうわぁ………姫島これは、春日野道のことを名前でよばなかったあなたの失策。
わかる?」
「………!」
身内からそれを言われてはもうどうしようもなかったらしい。と、言うより………見かけによらず、パワーバランスがその黒髪長髪の方が上だったのか。
上げた拳を下ろす場所を見失った姫島は、それでもしばらくその場に留まり唸っていたが、
ある時ようやく踏ん切りがついて溜飲を下げ、踵を返し、何も言わず物凄いいきり肩で部屋から出ていった。
それにくっつくような形で、消去法で『うっちー』だとわかった低身長ウェーブ女が若干泣きそうな顔で退出し、最後うおっちこと黒髪長髪女が満面の笑みで
「お騒がせして御免なさいねぇ。次からはノックをするようにするわぁ」
と、全く悪びれる様子もなく口だけの謝罪をひとつ、ゆっくりと退散していく。
音楽準備室に平穏が戻ったのは、ようやくもってその頃だった。
ふ、とため息をひとつついた西九条が「疲れたわ………」と軽めの愚痴を漏らしながら元の席につく。俺はそのまま教室の端、パイプ椅子の集積してあるところから1脚椅子を持ち出すと、
一気に緊張が抜けて呆けたか立ち尽くす春日野道の横に置いて、
「とりあえずどうぞ」と声をかけて、それから自分も席についた。
春日野道もおもむろに席につく。時計を見れば未だ六時半に到達しておらず、正方形のテーブルの上、二等辺三角形で対面する事になった俺達三人は、
30分と経たないうちの、あまりにも怒濤の展開にしばらく言葉を失って座り尽くしていた。
「……連中何で入ってこれたんだ?」
一番最初にその気まずさに耐えかねたのは俺だった。
正直答えがなくてもどうでもいい質問だったが、西九条はゆっくり顔を上げ、前髪をうっとうしそうにかきあげた後で、こう答えた。
「言ったでしょう?この部屋が彼女らの荷物置きであることは間違いないの。
だから、音楽部を一身に引き受けていらっしゃる今津先生は、鍵を持っている。
彼女らはそれを借りて……時たまこうやって、嫌がらせついでに入ってくるのよ。あなたが奇跡的にこれまで出会わなかっただけで、
初めての事ではないわ……」
「いやぁ……その節は、ゴメン。」
喧騒後初めて口を開いた春日野道。顔の前で合唱し、すまなそうに頭を下げる。
「お察しの通りや。姫島は……ここに正味用事なんかあらへん。ただ、西九条さん、あんたの事を一方的にいけすかん奴やと思うてて……ウチとか打出とかが諌めたかて、聞かんのや………せやさかい、あんな感じに毎回………」
「もういいわ。気にしていないと言えば嘘になるけれど、こうなった以上もう話は完全に別次元のものだから。」
いつものように限りなく透明に近い表情で、なおかつ細く抑揚なくそう言う西九条。冷たい物言いに聞こえなくないが、だが普段からそれを聞いている俺には、同じようでも違う、少し熱を帯びているのがよくわかった。
「第一、魚崎というあの生徒会長……」
「え?!あれ生徒会長なの?あれで?」
「ええ。知らなかったの?」
「知らんかったん?」
「知らん………じゃあ何で止めないんだ………もめ事になって一番厄介なのは自分だろうに………」
「決まってるじゃない。彼女こそが私を嫌っているからよ。
今の一件、原因はほとんど魚崎さんにあると考えても的はずれではないわ。」
さも当然とばかりそんな事を言う西九条。うんうんせやねんせやねん、と頷くのは春日野道。
事態を収束してくれたしまだ理性的な人なのかと思っていた俺は、二人の話に驚愕する。要するに、あれは女狐だということなのか………?
「一番目立ってたけどな、姫島は小物や。所詮は腰巾着………せやさかい、引くとこは引くやろ。あれは、必要以上にでしゃばって、あとからそれに怒った魚崎に無視とかされるのが怖いからや。」
「前例があるんだな……」
春日野道はせや、と頷く。本当は頭が悪くないからだ、と思っていたがどうもそういうことではないらしい。女の園の怖い話………