八番 キャッチャー 部室⑥
「………ねぇ、あなた。あっちにいなくていいの?」
西九条は、困ったようにそう言った。既に彼女も気づき始めているのだろう。この重音部とやらの四人のなかで、一人、この赤団子だけ、雰囲気が確実に違うことに。
「三人は、楽しく談笑はしているようだけれど」
「ええねん。アホにつきおうとったらウチまでアホなってまうから。」
ボソッと呟いた赤団子。
俺はその発言に衝撃を受け、そして先の推測に確信を持ち始めた。
彼女は、あの三人とは違うし、何かある。
たぶん、あまり良からぬ方向の、何かーーー
「なあなあ。これ、阪神と広島の試合やろ?」
あるページを開いて手を止め、スコアブックをテーブルに置いた赤団子。俺と西九条はそれを覗きこむ。
見ればそれは第一回活動のスコアだった。紛れもなく、阪神アニマルカイザース対広島東洋レッズの試合である。
「………ええ。見ていたわ。この出屋敷と……それから、香櫨園先生と一緒にね。
部活動として。」
「野球観戦部、言うたなさっき。
読んで字のごとく、野球見る部活なん?」
「それはざっくばらんだな」
俺は敢えて口を挟んだ。存在感が無くなることを危惧したわけでは決してない。
どこかまだ少し、警戒している西九条の、その警戒を解くためだった。
今、俺には予感がある。
この赤団子は、スコアブックが読める。そして、メンバー表を見ただけでそれがプロのチームだと………阪神カイザースと広島レッズだということが、わかる。
すなわち、彼女は……
「私たちは、試合を見て、その試合を詳しく分析し、野球に対する理解を深めるという内容の活動をしているわ。だから、純粋に楽しい野球観戦をしに行くわけではないし……プロ野球ばかりを見ているわけでもない。」
「昨日は、草野球見に行ってきた。一番前のページがその内容。」
赤団子はそれを聞くと、無言でページをペラペラとめくり始めた。
そして先頭のページで手を止めるとそれをしばらく無言で眺め、最後
「Q、E、D………」
と呟いた。
「証明しきった、っちゅーことか?この試合を。」
「そこまで高慢であるつもりはないわ。ただ、私たちの今のレベルで、突き詰められる限界までは突き詰めた、ってところかしら。」
「んな、あんたらの思うこの試合の……商店街チームの勝因は?」
「投手力とキャッチャーのリードの巧みさ、チーム方針、ってところで落ち着いた。」
俺が導きだした答えではないが………部としての活動であることを示すため、俺が答えることにした。チラと見やれば、西九条に不満の色は見えなかった。俺はホッとする。
赤団子はそれを聞いてしばらくまた黙り混んでじっとスコアブックを眺めていたが、しばらくしてニイッと今日一番の笑顔を見せ「ふふふ……」と含むように笑うと、
急にビックリするぐらい大きな声で高笑いを始めた。
さすがの西九条もこれには「たまげたわ……」と言わんばかりの表情で後ろへ飛び退き、俺に至っては「わっ、何だァ?!」と思わず声をあげてしまう。
向こうでこっちのことなどつゆほども気にかけず談笑していた三人組も、さすがにこっちを向いた。
音楽準備室全員の注目を一身に浴びるなか、高笑いを終えた赤団子は、トンネルの闇の向こうに絶景を見つけた子供のように純真無垢な笑顔で俺と西九条にそれぞれ笑いかけ、
そして意味不明に肩をバンバン叩いてきたあとで、
向こうの三人に聞こえるほどの大きな声でこんなことを叫んだ。
「ウチ決めたわ!!
重音部やめて野球観戦部に入る!!」




