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八番 キャッチャー 部室⑤

三人に見えたのは、実際のところ四人であったらしい。それぞれ、うおっち、カス、うっちーと呼ばれていた連中がそれぞれどいつがどいつなのかは全く判別つかないが、


一人は黒髪長髪のおとなしそうな奴、一人は頭の悪そうな奴と感じのよく似た低身長茶髪ウェーブ頭で、もう一人は信じがたいことに頭を真っ赤に染めた団子頭の少女だった。どこか表情に憂鬱さを差していて、


ひょっとしたらこの子が「カス」なのかもしれないと思った。呼び名からして、明らかに一番おざなりに扱われている人物だと推測がつくが、


その表情に加えて明らかに仲間から一歩引いているような距離感は、何か、頭の悪そうな女に支配されていそうな感じを醸し出していて、


失礼だがその呼ばれ方をしていりゃそういう態度にもならぁな、と妙に納得させられるのである。



主に頭の悪そうな女と、低身長ウェーブ女がやかましく騒がしく喋りながら、四人はだらだらと楽器を担ぎ上げたり持ち上げたりしている。


その間、西九条は仲間の処刑を見守るレジスタンスの如く、激しい憎悪に満ちた表情で、


しかし下を向いてじっとこらえていた。普段は絶対見られない激しい怒り。それを見せられてようやく、俺の心にも、小さくはあるが怒りの炎が上がった。



何が腹立たしいのか、と問えばそれはなんとも言えないが………漠然とした話をすれば、


西九条にそういう表情をさせるほどの失礼な態度が、


単純にカンに障ったのである。




結局、連中はなんと荷物を取るだけのことに10分以上をかけ、


そのあとでようやく、帰るかと思えばしばらくドア際で談笑を続けた。



さすがにこの段階になって俺も我慢が限界に達し、怒りに身を任せて勢いのまま立、文句のひとつも怒鳴り付けてやろうと立ち上がったが、


西九条はそれを「出屋敷、耐えて」と静かに制止してきた。


一瞬、お前はどうなんだと怒りの矛先が本来向くべきでない方向に向かいかけたが、それを自覚することで俺は溜飲を下げ再び席についた。


自分の怒りの方角をも制御できない状態で食って掛かれば、恐らく西九条を困らせる結果しか生まないであろうと、そう思ったのである。


連中の談笑は長く続いた。部活審査会という黄門の印籠をかざされた俺達にはそれをただ黙って見ている他に手はなく、二人してその間は、じっと下を……スコアブックを見て、必死に怒りを抑え込んでいた。



唇をきっと噛み締めた西九条と、拳をテーブルの下で握りしめた俺は恐らく共通の感情の下にいたことだろう。屈辱……その二文字の他に現状を表す言葉は存在しない。



気をまぎらわそうと見つめるスコアブックの内容などは、とてもじゃないが気にしていられない。普段なら一瞬で解読できる記号の類いも、今はそういう模様にしか見えず、その意味などは頭に入ってくる余地がなかった。



と、さらにしばらく後……そろそろ本格的にただの嫌がらせだな、と感じ始めた時のこと。



徐々に精神安定剤の役割を果たし始めたスコアブックが、西九条でも俺でもない第三の手によって、ふわりと浮かび上がった。



二人して、視界30センチのマイワールドを形成していたがゆえに、面食らったように浮き上がった先を見上げる。



俺達の唯一の精神支柱である、スコアブックを持ち上げたその人物は、


さっき恐らく「カス」と呼ばれているのだろうと俺が推測した、真っ赤なお団子ヘアーの見た目ぶっ飛び少女だった。よく見れば目もとにどこか西九条と似通った力強さがあり、その態度とは裏腹に気は強そうに見える。半袖のブレザーをうでまくりして肩筋を見せている辺りが、


なんとも言えない色気を醸し出していて、


俺のなかから本の少し怒りの感情は削げていった。



「スコアブック?」



赤毛の団子は、それを開いてパラパラと捲りながらそう訪ねてくる。


どっちに聞いたのか。どっちでもいいのだろう。


西九条と俺は顔を見合わせた。西九条が先に口を開いた。



「ええ。そうよ。」



「何をすんのん?これ見て。」



関西弁。俺は少し拍子抜けした。いや、兵庫県なので本来関西弁がデフォルトで当たり前なのだが、この学校、クラスによってはそこそこの進学校で、なおかつ多彩な部活動にひかれて全国から生徒が集まるらしく、


却って関西弁が珍しいくらいだったのだ。東京生まれの俺含め、である。



「何すんのん、と言われたら………試合の分析、かしら。それ以外の説明が見つからないわ。」



さっきまで怒っていた割には、丁寧に説明するなと俺は思った。西九条のさっきの怒りならば、一人くらいは軽く人が殺せると勝手に思っていた。それが、意外と、物腰柔らかく話すもので………



「分析………ほぇー………」



何か感心したように言葉にもならない言葉を呟き始めた赤団子。そのスコアブックを眺める彼女の目を見て、俺はハッとした。


西九条が凄い選手を見たときの瞳に、そっくりだったのだ。



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