八番 キャッチャー 部室④
ともすれば窓ガラスが割れてしまうのではないかと思うほど、ドアが激しく開け放たれる。
ビシャン、というおおよそ木製製品から聞こえてはならない音が音楽準備室に響き渡り、俺と西九条の耳を貫いていく。
あまりに唐突な衝撃音に、俺は反射的に飛び上がる、つまりビビってしまったが、
西九条はというと、瞬間、音のした方角へ顔を振り向け、
そして親の敵でもそこにいるかのように、それを睨み付けた。背筋の凍るような、ひどく憎しみの籠った瞳だった。
「二度扉を叩く程度の事もできないのかしら」
「あー?ここ、あーしらの部室だし。」
嫌味たっぷりにノックを要求した西九条に対して、その扉開け放ち犯は悪びれる様子もなくそう言った。
後れ馳せながら俺も、西九条と同じ方に頭を向ける。
ドアの向こうに立って、自分以外の全ての他人をバカにしたように嘲笑を浮かべているのは、スカート丈のやたら短い三人組の女子生徒だった。
後ろに控えた二人は影に隠れて様子が見えない。でんと構えて動かない構えを見せ、偉そうにふんぞり返っているリーダー格と思われる金髪パーマのギャル風女だけが、その全体像を明らかにしていた。
「……重音部の部室は第二音楽室に移ったはずよ。
ここは正真正銘、野球観戦部の部室。」
「あー?あんたら、まだ部に昇格してないっしょ。それで部室とか、マジウケるわ。
大体、それ言い出したの香櫨園っしょ?あいつ、何の権限もない雇われ教員の癖に、勝手に物事決めすぎでマジ笑えね。
ここ、あーしらの荷物置き兼部室なの。楽器も何も全部ここにあるし、教室割り表見てみりゃわかる、まだここ重音部割り当てのままだし。
そもそも、野球観戦部なんて部活、存在しないんですけどー?」
香櫨園が臨時教員だというのは初耳だったが、とてもそんな事を気にしていられるような場面では無さそうだった。この見た目から頭の悪そうな女は、どうもこの教室の所有権を主張しているらしい。対する西九条はそれを真っ向から否定している。
これは………完全に部間戦争の触りだ。ことにめんどくさい、噂に聞く部室の取り合いだ。
「荷物を取る際は通過していいという条件で、私たちが借りることになったのは正式な決定よ。香櫨園先生が臨時教員だろうと関係ないわ。あと、覚えてなさいよ。あの人を侮辱するのは相手が誰であろうと許さない」
「いや、お前しょっちゅうそれ」
「黙って。」
殺すぞ、と露骨に語る鋭い瞳が俺を貫く。このときほどツッコミ性を悔いた瞬間はなかった。彼女は部を守るために戦っているというのに、ああもう。
「おおこわ。
ま、いーねどね別に。あんたがそう言うならそれでも。
でも、荷物取る権利はあるって、認めたかんね今。あーしらがここを通るのに、文句言われる筋合いないってか。」
「荷物を取ることに関して一度たりとも文句なんて言ったことがないわ。ノックぐらいするべきじゃないかという一般常識の話をしているの。
活動中の部活動を他の部活が邪魔することは、部間規則で禁じられているわ。なんなら、訴訟を起こしても構わないけれど?あなた、100%負けるわよ。」
部間規則、訴訟と物騒な言葉が並ぶ。推測するに、部間規則とは部活同士の決めごとのようなものか。訴訟は………全く想像がつかない。なんだろう、先生へ陳情でもするのだろうか……
「ふん。あーしら、別に邪魔してないし。あんたが勝手に食いついて来てるだけだし。
訴訟でも何でもすりゃいっしょ。ただし、知ってるかどうかしんないけど、あんたらみたいな仮申請の出来損ない部活動は、
審査期間中にもめ事起こしたらその時点で廃部になるって部間規則もあんだからね。そこら辺、わかってやりなよ。」
頭の悪そうな女のその言葉に、西九条がぐっと言葉を詰まらせた。なんと、あの西九条がである。
俺は思う。見た目はバカ丸出しだが、この女、頭自体はワルくない………。
「フッ、ダッサ。もう言い返すこともねーのな。
んじゃ、通してもらっからね。うおっち、カス、うっちー、ほら楽器持ってくよ」
完勝と顔に書いてあるかのようにこうまんな態度で、ズカズカと乗り込んでくる頭の悪そうな女。と、バンドメンバーとおぼしき取り巻き。