八番 キャッチャー 部室③
気がつけば陽は傾き始め、外は茜色に照らされている。
時計の針も6時を回り、外ではガチではない運動部から順に片付けが始まっている。野球部は……無論練習を続けている。遠目に、ノックを打つ武庫川監督の姿も見受けられた。
「精神力が物を言うスポーツか……そうだよな。わかる気がする。」
「知っている風な口を利くのね」
「知ってるよ。やってたんだから。」
何を当たり前の事を、と俺は思う。これでも、世界大会で先発のマウンドを任された事だってあったのだ。その時、一番手強いのは自分にかかってくるプレッシャー、そこから来る緊張だった。あるはずの実力を、うまく発揮できないほど怖いものはない。
間違いなく、野球は精神力のスポーツなのだ。
「けど、鍛えようとして鍛えられるもんでもないからな。大物スターズの場合……そういう、実力が圧倒的なチームに立ち向かう方法をよく知らないんだろう。だから、早々に諦めがついちゃうんだろうな。
この展開なら勝てない、って、思ってしまうんじゃないか?」
「…………。」
思いの外返事がないので窓から正面に目線を移してみると、西九条が訝しげな視線をこちらへ向けてきていた。
何かを疑っているような。しかしその実、何かを期待しているような………
「プレイヤーだったの?」
「え?ああ、そうだよ。
中学で肘壊すまで。九年間くらい」
「野田さんのカットボールはまぐれでは打てないわ。」
瞑目した西九条はそう言う。俺もそう思う。例えばあそこで練習している選手のうち、幾人があの球をクリーンヒットにできるだろう?
「あのときのあなたは、インコースにあの角度でカットボールが来ることを完全に読みきっていた。外へステップを出したのがその証拠。違う?」
「よく見てらっしゃる。」
「香櫨園先生がサインを出していると聞いた時点で、私もそう来ることは予想していた。だけど、私にできるのは予想まで。
……自惚れじゃないけど私、打撃に関してだけはそれなりに自信があるの。野球への理解を深めるために、週二三でバッティングセンターに通っているから。」
「さすがというか……」
「だから、当てるくらいのことはできると思ってた。だけど、あんなのはちょっとうまいくらいの人では絶対に当てられない。まして、ライト前に運ぶなんて、中学上がりたての高校生では、とても………」
「…………。」
「………あなた、ひょっとしてーーー」
そのあとに続くのであろう言葉はだいたい想像がついていたし、さて、それに対して正直に答えることになにか問題でもあるかと問えば今のところ思い付かず。
事実の通りの答えを用意して構え、西九条の口からそれが来るのを俺は待った。
……が、彼女の口からそれが語られることはなかった。