2話 依頼
「今回の依頼はね、凄く重要なんだ」
執務室の大きな机の上に肘突きながらウキョウが言った。
「そこで『影法師』一番の実力者である君に頼んだ次第だ」
「どのような依頼なのでしょうか?」
コハルが依頼に出向くのは普通の人が行えない場合だけだ。
今までも隣国の皇太子の暗殺や大商人の商隊の強襲などの最高難度の任務ばかりをこなしてきた。
「依頼内容はね。英雄『ドラゴニウス』の殺害」
「ドラゴニウスですか」
「あぁ、正義の味方。常勝無敗。大英雄。そして世界最強の一角だ」
「…………世界最強」
「そうだよ。こいつは二年前から行方を眩ませていたが依頼主が必死こいて捜し出したようだ」
有名な話だがドラゴニウスは人々を救った後、忽然といなくなった。
「依頼主は?」
「お客様の事を詮索するのはダメだといつも言っているだろう。まぁいいか、君は口が硬いから今日は特別に教えよう」
ウキョウが依頼主の事を話すのは珍しい。
もしかしたら今回が初めてかもしれない。
「依頼主は、エーテル王国だ」
「エーテルですか」
今、コハル達がいる所もエーテル国内だ。
影法師は大陸全土に支部を持っていてここもその一つになる。
因みに一番戦力の集中している本拠地は北の帝国にある。
「しかし皮肉な話だよね。自分達が別世界から勝手に呼び出しといて、用が済んだら殺すんだよ」
ドラゴニウスは召喚の儀式でやって来た異世界人らしい。そして召喚された者は総じて『奇跡』と呼ばれる特別な力を持っている。
彼は英雄の力を振るい、エーテルの国を侵略していた魔族を単独で撃退した。
(国はその力が自分達に向くことを恐れたんだ)
圧倒的な力は存在するだけで弱者にとっては恐怖になる。
「でも、エーテルの国は僕ら影法師にもかなり資金援助してくれてるからね。だから、この依頼を受けたんだ」
影法師に資金援助している国は多い。
金さえ出せば後暗い仕事を何でもするからだ。
「分かりました。明日から7日以内に片付けます」
手段はコハルの得意な暗殺にする。
英雄といえど四六時中気を張る事は出来ない。
ターゲットを監視し続ければチャンスがあるだろう。
「頼もしいね」
ウキョウは英雄の詳細が書いた紙をコハルに渡した。
コハルは字を読むのが得意ではないので後で読む事にした。
用紙を小さく折りたたみポシェットにしまう。
「では、失礼します」
「うん。任せたよ」
回れ右をして執務室から出ようとした時ウキョウが思い出したように声を上げた。
「君には言う必要無いだろうけど、一応言っておくよ、僕は失敗を絶対に許さない」
失敗したら即粛清。これが影法師のルールだ。
「分かりました」
コハルは無表情で言う。
そして重く冷たい金属製の扉をばたりと閉めた。
コハルの自室は殺風景だ。
年頃の女の子らしい物は一切無い。
部屋にあるのは藁の上にシーツを敷いた簡易的なベットと小さなクローゼットと水瓶だけ。
窓枠に取り付けられた脱走防止用の鉄格子がそれを更に際立たせている。
コハルは着ていた血のついた服を脱ぎ捨て、クローゼットからタオルを取り出す。
最初に水瓶に頭から突っ込みわしゃわしゃと髪を洗う。
耳に水が入るのでコハルは洗髪が好きではない。
手早く綺麗にしたら顔をタオルで拭いた。
そして髪を頭の上で団子状に纏める。
(返り血浴び過ぎたかな)
水でタオルを濡らし身体を拭いていく。
乾燥した血液はなかなか落ちない。
まずは右手から肩にかけてを念入りに洗う。
(英雄か…………)
きっと、いや、確実にコハルより強い。
これが最後の仕事になるかもしれない。
コハルは人から怨まれる事を沢山してきた。
今更死が怖いとは言わないが、まだ生きていたいと思っている。
右肩の血が落ちたので次は胸だ。
コハルの胸は薄い。
なだらかなそれは十代半ばの女子の平均を大きく下回っている。
だから血液も流れ易くあまり汚れていない。
(尻尾も綺麗ね)
同族の尻尾よりもふわふわのそれはコハル唯一の自慢だ。
最も汚れていたのが利き手の右手だったので後はさらっと洗い流せた。
最後にタオルを固く絞り直して身体の水分を拭き取っていく。
何度か繰り返し、身体が乾いたら下着を履く。
しなっとなっている上下セットの白木綿で色気もクソも無い。
影法師からの支給品なので仕方が無い。
尤もコハルもこれで満足している。
コハルは下着を着け終わると瓶を部屋の外に出した。
明日の朝には組織の下っ端が水を汲み替えてくれる。
(身体を洗い終わったら急に眠くなってきた)
コハルはあふぅと一つ大きく欠伸をしてベットに横たわる。
相変わらずこのベットは寝心地が悪い。
藁の量も少ないので床で寝ているのと変わりない。
季節は初夏。
まだ夜は冷え込むことがある。床の冷気が肌に伝わる。
(今夜も悪い夢を観そうね)
人を殺したの日はよく悪夢にうなされる。
最近は殺してない日も悪夢を観るので熟睡できない。
シーツにくるまり身体を丸める。
「おやすみなさい」
誰に言うわけでもないが寝る前の挨拶は癖になっている。
少女は自分の身体を抱きながら眠りについた。