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1話 日常

 そこは小さな闘技場だった。薄暗く、鉄の臭いが充満している場所。

 壁には様々な武器が掛けられており、それら全てが研がれ、最適な状態に保たれている。

 修練所と呼ばれるそこでは修練(・・)が行われていた。





 大小二つの影が重なり、離れる。

 金属同士がぶつかる甲高い音と怒声が響く。

「死ねやァ!!」

 筋骨隆々とした男が斧と槍を足し合わせた武器──ハルバードを振り下ろした。

 それに対し、男と闘っている少女は猫の様な動きで躱す。

 長い髪が動きに合せて踊る。

 少女は軽やかにハルバードの柄に立ち、跳躍し、顎に蹴りを叩き込む。

 脳が揺さぶられたのか男はよろめいた。

 少女は体を捻り着地した。

 着地の際の衝撃は片手で吸収する。それだけでも少女の軽い体重を支えるには充分だった。


 男とミドルレンジを維持すると、得物の小太刀を背に隠す独特の構えをとった。

 少女の表情には明らかな余裕。

 そこには少しの憐れみと侮蔑も混じっていた。

「この亜人風情がァァァ!!」

「その亜人に一太刀も当てられないあなたは亜人以下ね」

 少女は淡々とした口調で言う。

 煽られ頭に血を昇らせた男は力任せにハルバードを振るう。

「オルァ!!」

 男とて素人ではない。

 ハルバードの扱いに関しては自信があったし、それを他人に認めさせるだけの功績も残してきた。斧になっている部分に無数に刻まれている『正』の字がその証拠だ。

「クソッ、ちょこまかとしやがって」

 だけど少女には当たらない。

 いくら切っても躱され、手加減された反撃を返される。

「もう何回目なの?力量の差が分かったでしょう。早く降参して」

 少女は最小限の動きで避け続ける。

 身体に確実に当たりそうな攻撃は小太刀の背と靴の側面に付けられた鉄製のプレートでいなす。


「でないと、私はあなたを殺さないといけない」


「ふざけるな!亜人に舐められたままで終われるか!!死ぬまで殺す!!死んでからも殺す!!!」

「ふぅ…………そう」

 少女は説得の余地無しと判断する。



 この男はもう敵だ。





 息を整え、眼を瞑る。

 こうして頭を冷やして自身に言い聞かせる。

 こいつは同じ任務にも着いたこともある男だが、殺す。

 殺らないと自分が殺られるから。

 ただ、脅威を排除するだけ。

 既に憐れみも侮蔑も含まれていない少女の琥珀色の瞳に大技を出そうと振りかぶっている男が映る。

「相変わらず隙だらけね」

 タッ、タッ、タと少女は三歩ほど後ろに大股でステップを踏む。

 男との距離は約10m。

 相手の間合いの外。そこが少女の間合いだ。

 この間合いなら絶対に負ける事は無いと少女は自負している。



 少女は小太刀を逆手に握り直した。

 重心を前にして、身体を屈め力を溜める。

 一拍子置いて、溜めていた力を解放して一気に男に肉薄する。

 ぶつかるギリギリのところでダンッと強く床を踏み込む。



 超加速からの急停止。



 少女はすかさず踏み込んだ脚を軸にして身体を回転させる。

 加速エネルギーは軸足を通じて回転エネルギーとなる。

 腰、肩、腕と順に捻り更に加速させる。

 そして、一回転した後、小太刀で相手の喉元を掻っ切った。



 サクリと音をたて男の首が舞った。



 切り口から吹き上がる赤黒い血液が少女の絹鼠色の長い髪を濡した。

 昔は不快に思ったがもう慣れてしまった。

 慣れてしまう程に人を殺したから。

 顔に付いた血液だけ袖で雑に拭う。

 袖で目が塞がっていたからか、少女は何かを蹴飛ばしてしまった。

 男の生首。

 間抜けな顔のそれは自分が死んだ事に気づいていないだろう。

(あなたは死んだのよ)

 少女は切り落とした首を雑に掴んで男の体の傍に置き、

「さようなら」

 動かない男にそう言って少女は背を向けた。

 返り血まみれで頭の上には猫の耳。臀部には尻尾。

 その後姿は『獣』そのものだった。





 修練所の観覧席。

 少女と男の闘いを見ていた黒服の男──ウキョウは手を叩いて賞賛の声をあげた。

「素晴らしいよ、コハル。あんなにも簡単に人を殺れるなんて」

(あなたが殺らせたのでしょう)

 少女──コハルは好きで人殺しをしている訳ではない。

 でも、コハルには殺し(これ)しかない。

 生きていくには他人を踏み台にするしかない。

 そんな殺伐とした世界にいるから。

「君は最高の『影法師』だ」

 妙年の男で張り付いた笑みと右の目元にある大きな傷が特徴的だ。

「いえ、大したことはありません」

 コハルはこの男が嫌いなので早く会話を終わらせようとする。

 しかし、ウキョウは意に介さず話を続ける。

「いやぁー、最後の技はいつ見ても凄いな。アレは猫獣人の君ならではの技だ。流石の僕でも目が追いつかなかったよ」

「お褒めに預かり光栄です」

 嘘つけと思ったが声には出さないで、当たり障りのない返事をしておく。

 確かにコハルの技は猫獣人以外は使えない。

 柔らかな肉体を持っていないと踏み込みの時点で体が壊れてしまう。

「それに君の闘っている様は美しい」

 ウキョウは褒めるがそれはコハルの容姿の事ではない。

 彼はコハルを戦力――暗殺の道具としか思ってない。

 だから、戦力として褒めたのだ。


「そんな君に任務があるんだ。殺して欲しい男がいる」

「それは闇組織『影法師』のリーダーとして?それとも私の飼い主として?」

 コハルの右手には黒い腕輪がついている。

 奴隷証と呼ばれるこれは少女がこの男に幼少の頃から戦力として飼われている証だ。

「うーん、どっちもかな」

 皮肉を込めて言ったのだが、ウキョウは気にする様子もなく答える。

「………わかりました」

 渋々といった様子で返事をする。

「それじゃ、執務室に行こうか」

「はい」


 コハルは無愛想にウキョウの後をついて行った。


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