タカヒロがいないお城
遅れました。
「さて、お二人がお兄様を助けに出かけている間に私達は彼らが戻ってきたときにゆっくり休むことが出来る様準備をしましょうか」
「そうですね。勇者様たちは旅に慣れているにしても今回の事は精神的にも辛いでしょうし。それにタカヒロさんはこういったことに不慣れだと思います。
ミラテリア様、用意するモノはおいしい食事、温かいお風呂。そしてリラックスできる寝室でしょうか」
「そうね。でも、疲れすぎて食事が喉を通らないかもしれないから食べやすい物を用意してもらわないといけませんね」
「わかりました。皆さんが戻ってくるのが今日から数えて約10日はかかりますから、それぐらいになったら少し遅れても平気なように保存可能な食事を作ってもらうことにいたします」
「お願いしますね。他の物に関してはお風呂は優先で入って頂き、寝る場所は毎日掃除をしていれば快適に寝ることが出来ると思いますよ。まあ、タカヒロ様に関してはサファイアさんと一緒にいるだけで癒しになると思いますけど」
姫様がクスっと笑いながら言う内容に照れてしまうが恐らくその通りだと思う。
わたし自身としては、感情表現豊かで可愛らしい姫様の方がよっぽど魅力的だと思う。だけどそんなことをタカヒロさんに言ったら即否定している状況が思い浮かぶ。
タカヒロさんが出かける間際に『サファイアは姫さん付きのメイドにしてくれ』といった言葉を姫様が皆さんに伝えたことにより一時的にミラテリア様の側仕えとなった。
残念ながら姫様には元から専属の侍女がいるのでわたしが行う仕事が殆どなく、そんなわたしを見て少々困った表情を浮かべた姫様が『私の事は良いので、タカヒロ様の為に出来ることをしててください』と仰って下さった。
よし、じゃあ仕事を始める前に計画表を作ろうかな。食事等の必要事項やタカヒロさんが喜んでくれるようなことがないか考えてみよう。
***
今日はタカヒロさん(と一応わたし)が住む家を探す為の事前情報を用意すると決めた。それがあればタカヒロさんが住居を決める時に役立つと思ったので。
タカヒロさんが物件に関しては宰相様にお願いしていたからまずは宰相様から空いている物件に関して聞いてみよう。一応時間があれば話を聞いてくれると思うし。
あまり訪れないフロアまで足を運び、ようやく宰相様の部屋を見つけノックをしようとしたがどうやら話し中らしい。
ドアがわずかに開いていることもあり会話が外に漏れ声から判断するに宰相様と国王様が話しているようだ。
「国王様!先程から何度も申し上げていますが、何故あのような奴の希望を叶えないといけないのですか」
「それこそ私も先程から答えているように『イーリアスを助ける為』だと言ってるじゃないか」
「それは分かっています。確かに現在迷宮を訪れている御子息の状況は御子息自身の身体のこともあり問題が山積みとなってはおります。ですが、その為の褒美が高すぎると言っているのですよ」
「それは私も思っているよ。専属メイドを付けるまでは簡単な褒美で助かると思っていたが、給金の額がお前よりも多いのはどうかな、とはね」
「その通りです。私が今のお給金を貰えるまでどんだけ苦労してこの役職に辿り着いたか。どんなやり方で助けるか知りませんが、一回勇者を助けるだけで毎月私以上の額を貰うというのは納得できませんよ」
「でもね。今まで何年も手を尽くしてきたけど勇者を元に戻すヒントすら見つからなかった。やっとヒントが見つかりこれで安心と思ったら直ぐに先に進めない状況に陥ってしまった。希望が見えていたからこそ落胆するのは早かった。そこで勇者を助けられる存在を召喚したんだから背に腹は代えられない。褒美に関しては現実にする事が可能な範囲内だったことを喜ぶべきだよ」
「くっ・・・」
・・・たしかに勇者様を一度助けるだけで毎月1セート25バーは貰い過ぎだと私でも思う。でもタカヒロさんの意思に関係なくこちらの事情に巻き込んでいるのだから無茶を言われても仕方ないと思うんだけど。
今タカヒロさんの事を話すのは止めときましょう。数日経てば少しは怒りも収まると思うので。
***
今日は姫様に呼ばれて姫様付き侍女の仕事を体験することになった。
その仕事というのが姫様と他愛無い話をしながら一緒にお茶を飲むことでした。
姫様にこれが仕事なのかと聞いてみると、「そうでも言わないと一緒にお茶を飲んでくれないかと思って」と返された。
わたしと話したいと思ってくれているのがとても嬉しかったけど、話の大半が勇者様のことだったのはちょっと・・・。面と向かって言えませんが姫様は重度のブラコンの様です。
***
昨日は姫様とずっと話していたので今日こそはタカヒロさんの為に何かしようと考えていたんですが朝早くに宰相様から呼び出しを受けてしまった。
何のご用でしょうか。宰相様の方からタカヒロさんにメリットのある話を振るとは思えません。もしかしたら、タカヒロさんから受けた仕打ちのうっぷんをわたしを使ってすっきりする考えなのかもしれません。
・・・服の下に何か固いものを忍ばせておいた方が良いでしょうか。
と、そんな考えは杞憂でした。宰相様の要件は物件に関してのお話でした。
どうやら私の考えとは違って、タカヒロさん関係の事は速やかに終わらせたいという気持ちが強いらしい。いつまでも関わっていたくないのだと判断します。
宰相様から現在だれも住んでいない住居の情報が記載されている紙束を受け取ったので早速内容を確認することにしましょうか。
タカヒロさんが来てから彼の専属メイドになり、専属メイド専用の部屋を貰うことになったので現在一人部屋を使用しています。
数日前までは4~5人のメイドで一部屋使っていたのに今では同じぐらいの広さを一人で使用しています。
・・・他のメイドから文句を言われるかもしれませんが、一人で部屋にいると静かすぎて少し寒いです。元の部屋に戻してもらおうと言うか考えましたが、意見を述べれる立場ではないので止めておいています。
さて、物件情報を確認して良さそうな物件を数件選んで現物を見に行ってみましょう。
***
物件探しを行い始めて数日経ちましたが、「ここです!」という様な住まいは見つかりませんでした。宰相様から受け取った情報では良さそうな物件がちらほらありましたが、現物を見に行くけど諦めて帰るというものしかありませんでした。
頑丈な造りだけど築○十年経っておりカビまみれの物件。値段がとてつもなく安いけど数年まで人が住んでいたがそこで殺人事件が起こり地縛霊がいる物件。値段が安く頑丈で家自体もとてもきれいな状態を保っているけれど、周囲が墓場だったり男呼び店(風俗)といった精神的に住みたくない物件などばかりでした。
タカヒロさんに見てもらい、良いのが無かったら新しく探すしかなさそう。
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タカヒロさんが出かけてから一週間程経ちましたが勇者様を助けることが出来たのでしょうか。特に問題がなければ今頃は迷宮から地上に脱出している最中でしょうか。
皆さんが帰ってきた時の為の食事に関しては保存しやすく胃に優しい食材を用意してあるし、お風呂や寝室は毎日掃除しているから問題ありません。物件に関してはタカヒロさんに見てもらはないといけなくなったので特にやることがない状況・・・。
仕事をしようにもタカヒロさん専属(現在は姫様専属)なので命令を出してくれる主がいないことから仕事がありません。仕方ないので自分から色々な場所に赴いて仕事探しをしてみましたがどこもかしこも手伝えるところがありません。なぜならお城のメイドは優秀なので先に先にと仕事をしてしまうからです。
・・・どうしよう。本当に何もすることがありません。
そんなことを思いながらぼけーっと窓の外を見ていると(職務怠慢)、複数人の侍女を伴って歩いている姫様からありがたいお言葉を頂きました。
「どうしたのサファイアさん。そんな何もすることがないから外でも見ていようというような状況は」
「・・・その通りです姫様。専属メイドとしての仕事も主がいなく仕事がありません。他のメイド達の仕事をしようにも余裕を持って仕事をしているのでわたしが手伝うことはないと言われてまして。結果、現状に至ります」
「それでしたらサファイアさん自身のことをしてみては?タカヒロ様が帰宅されたら暇な時間はないと思いますし」
「わたし自身のこと・・・」
ん~と言われても趣味なんてないし今まで仕事しかしていなかった身としてはこの自由な時間に何をしたら良いのかわからないですね。
「え、えっと・・・では知り合いの家を訪ねるというのはどうでしょうか。あ、でも先にお伺いの手紙を出すべきでしょうか」
「知り合いですか・・・あ」
「あ、誰かいるのですね。その方の家を訪れるのはどうでしょうか」
「そうですね。では久しぶりに顔を出すことにしましょう。ありがとうございます、ミラテリア様」
「いえいえ。こちらの事は気にしないでくださいね。ちなみに、お伺い先を聞いてもいいですか?」
「はい。わたしがこちらに雇われる前に暮らしていた教会に行ってみようかと」
姫様の質問に答え、お礼の想いを込めてお辞儀をしその場から去った。
***
疲れた疲れた疲れました~。
教会を訪れてなんやかんやで泊まることになり、教会内で色んなことがあったので体力的にも精神的にも疲れ果てたのか、教会から帰宅し部屋のベッドで寝たのは良いんですが起きたら丸一日寝ていたと元メイド仲間に言われて驚きました。
うん、教会に行くのは本当にたまにで良さそうです。
***
タカヒロさんが出かけて何日経ったでしょうか。そろそろ帰ってきても良い頃合いだと思うのですが。
というか、タカヒロさんの専属メイドとなりましたが、タカヒロさんがお城に呼び出されてからずっとタカヒロさんの事を考えてるような気がします。
教会でもそんな話をしたような気もしますし。
昔読んだ本では「ずっと相手の事を考える=想い人」という式が成り立つと書いてあったのを思い出しました。
・・・わたしはタカヒロさんが好きなんでしょうか?何回も告白はされていますが自分の気持ちがよくわからないんですよね。
タカヒロさんと手を繋ぐことは嫌ではないし、抱きしめられるとぽかぽかと気持ちが良いと思いますがこれは恋なのでしょうか???
恋に関しては教会にいた時に話を聞いたことがあり、お城では他のメイドの話を聞いていた時もありましたが、特に楽しいとも思わず憧れもせず、ワクワクした気分にもなりませんでした・・・。
・・・やはりわたしは欠陥品ということなのでしょうか。
・・・・・・・・~ア~。・・・・・ファ~イ~ア~。
あ、ほら。タカヒロさんの事を考えすぎた所為か、わたしを呼んでる声まで聞こえてきてました。この状況が恋をしている人の事なのか分からない欠陥品のくせに何を考えているんだか。
こんなわたしを好きと言ってくれるタカヒロさんには悪いけど、やはり専属メイドの件は辞退した方が良いのかもしれません。
「サファイアさん、どうかしたのですか?ノックをしたのに返事がなかったので勝手に入らせてもらいましたが」
声と共に部屋に入ってきたのは姫様でした。どうやら考え事に集中していたことでノックを聞き逃していたようですね。
それにしても、姫様直々にわたしのようなメイドの部屋を訪れるなんていったいどうしたことでしょう。
「すみません、ミラテリア様。少し考え事に没頭してしまいまして。何かご用でしょうか?」
「ええ。先程からサファイアさんを呼んでいるタカヒロ様の声が聞こえているので、入り口までお出迎えに行こうかと思いまして。サファイアさんもいかがですか?」
・・・どうやら先程から聞こえていた声は幻聴ではなかったようです。そうですか。あの声からすると怪我などなく無事に帰って来たようですね。
差支えなければお供させていただきます、と姫様に返事をして部屋から出た。
少し歩くと後ろからクスクスと笑い声が聞こえてきたので何事?と思い振り返ると、どうやら姫様がわたしを見て笑っているようだ。
なんでしょうか。服がほつれたりしていただろうか。
「ミラテリア様、どうかなさいましたか?急に笑い声が聞こえてきて驚きました」
「くすくす。あ、すみません。サファイアさんがとても嬉しそうなので」
わたしがうれしい、ですか?と無意識に笑顔を浮かべているかと思い触ってみるが口は真一文字に固定されていた。
「私はサファイアさんの後ろにいるんですから表情が見えるわけないじゃないですか。そうではなく、サファイアさんの行動を見て笑っていたのですよ」
「すみません。どうやら無意識で行っていた事らしく何をしていたかわかりません。何かへまをしてしまいましたか?」
「私より先に部屋を出ていき、さらに廊下に出たらスキップしていたのが、まさか無意識だったとは。ふふっ。」
え、ええええええええ!!!!なんていうことでしょうか。わたしが本当にそんなことを?確かに、そんな人を見たらわたしでさえ笑ってしまう。
立ち止まり恥ずかしがっている私を横切った姫様は笑顔を浮かべながら先に進んでいった。このことを姫様が誰かに言うことはないだろうと決めつけ、無意識でもスキップしていないことを確認する為足元を見ながら姫様の後を追った。
わたし達が到着した時には息を切らせたタカヒロさんが床にへばり付いていた。あんな大声を出しながら走っていたら誰でも疲れることは分かっていただろうに。
そんなタカヒロさんを呆れた目をして見ているわたしを促す様に姫様が立ち位置をずらした。どうやらタカヒロさんに声をかける役目を私に果たせと言っているようだ。
そんなキラキラした目をしなくても期待に応えられませんよ、と思いながらタカヒロさんの傍まで歩くと、なにやらタカヒロさんの側でもう一人?疲れて倒れている人がいた。
・・・?
まあいいか。
いつになったら止まるのだろうか、ぜーはーぜーはーと荒い呼吸を繰り返しているタカヒロさんに声をかけた。
「タカヒロさん、おかえりなs」
「ただいま、サファイア!!」
わたしの声を遮って上半身を上げながらタカヒロさんが声を発してきた。
子供みたいな笑顔を浮かべながら。
そんな彼を見て一瞬息が止まった私は、遮られた言葉をタカヒロさんに再び発した。
「おかえりなさい。タカヒロさん。」
これからもゆっくり更新になると思います。
よろしくお願いします。