親父のノート
ノート
鉛筆で書かれた親父のノートの書き出しはこうだ。
「人は何のために生まれ、どこに行くのか。青臭い問いかけが脳裏をよぎる。明確な答えはない。」
仕事ばかりしていた親父が、あの歳でまだ人生の意義などについて考えていたのかと思うと、なんだか、身近な存在にも思えた。
「釈迦は無記と称してその手の議論を遠ざけたという。しかし後世の仏教は輪廻転生地獄極楽と実に多彩な世界が広げられている。真実はどこにあるのか。
キリスト教やユダヤ教は人の死後は神と塵に帰るという大局だけを示しているようにも見える。しかし少々異端ではあるがスウェデンボルグなどは霊界の消息を伝えている。
預言者や覚者たちのあいまいな言辞は現代では否定され。無神論は世界を席巻し、機械論的唯物論が知的権威を覆った。
学校教育は争いを避けるという口実の下、宗教や特定の思想を生徒に詰め込まないこととした。だがそれこそが特定の思想だということを隠して。
明確な理念なく、正しいし思想などというものがないかのような世界観を定着し、それが真実だと思わせるようになった。正論を教えず自由と自己判断とを付け加えた。何を隠そう大人が、正気を見失ってしまっていたために何も伝えることができなくなった。
これが彼らの戦略だと知ったのは高校の学生の頃だったが、彼らと対峙するすべはなかった」
親父は学生時代大学で仏教やニーチェに傾倒していたからこんなことを考えていたのだろう。
「息子に私の数十年の探究を伝えようとしても、学校教師と妻の唯物論ではばまれてしまう。成長した息子の頭に信仰はない。」
まあ、俺から言わせれば親父は怪しげなオカルトと宗教にはまり、俺がついて行けなかっただけの話しだ。だれも、親父のように、言っている者はいない。
「ダーウィンに始まる進化論は自明のこととして語られ、人が猿のごとき存在から、突然変異と自然淘汰で生き残ってきたと思わされている。これは説明できることだけが存在するとする科学上の迷信である。人がいかに生きるべきかという指針は実は存在する。かつては日本では堂々とそれを教えた。
ところが戦後まだ選択の能力のない子供に機械論的世界観だけを押し付け、あとは自己判断に任せた。
古代においては神が啓示の形で、それを一部の神官に伝え、神官が為政者に伝え、為政者が公家や貴族階級に伝えていた。
ところが民主主義の運動がこれらすべてを破壊した。
神なき民主主義は資本主義という金を頂点とする新たな権威を作り上げてしまった。
アメリカは民主主義を標榜するが、中東から見れば帝国といわれる。どういうわけであろうか。
帝が神の信託によらず民衆の選挙で生まれるようになった。それを正当化するために、古代の神話をすべて迷信として、野蛮なるものとして葬り去った。
まったくむちゃくちゃな話だが、現実が民衆に金の奴隷システムを自明のこととして植え付けている。
我が国の伝承もこうして断絶した。いまや国民は皇室の存在意義を理解することができなくなっている。
私は人生の大半をこの不可解な現実を解くためについやした。
人にはそれぞれ持って生まれた独特の才能と、使命がある。
私の使命は、太古の忘れられた伝承を掘り起こし再生させることであり、それを次世代に渡すことである。
私は10歳のころすでに世界の権威が虚構の上に成り立っていることを見抜いていた。
私は空虚な機械論的世界観の中で、真実を求めるために戦った。当時11歳。他人がそれを知る由もない。私は書物のなかに真実の痕跡を探した。むろん書物に真理があるなどとは思っちゃいない。本だけ読んでもダメだと大人たちはすぐいう。だが本すら読まなくてなにができるというのか。読み、かつ行動する。書物は手掛かりに過ぎない。遺物に過ぎない。そんなことはわかっている。
ある時、超古代文明の話を読んだ。ムー大陸が太平洋に存在していたという。
一万二千年前に沈んだという。私はその説に強く惹かれた。学者はそれを絵空事、たわごとだという。だが私はそう思えなかった。かすかな記憶。いや記憶とも呼べないほどのわずかな、しかし確かな感覚が私の中にあった。時々専門家でない庶民はそういう感覚を持っているものだ。超古代の話を聞くと、なんとなく身体が熱くなるDNAの中にそんな記憶があのか、あるいは潜在意識の海、アカシックレコードとやらが記憶しているのか。私は何かを知ってる。だが思い出せない。
八月のある朝、いつものように、いきつけのカフェに入り、手帳を開いていた。仕事の予定がつまっている。雑用を毎日こなしてゆくうちに定年を迎え、人生なんて終わっちまうんだと、少々投げやりな気持ちになっている。
「神﨑さん?」
隣に座っていた若い女が突然声をかけてきた。知り合いかと思って記憶をたどったが思い出せない。
「初めてお目にかかります。」
初めて・・。確かに見覚えはない。
「どなたですか?」
私はまた新手の宗教勧誘ではないかと思った。何度かこういうのにひっかかっている。もちろん私を満足させる宗教なんてそうあるわけはない。どれもこれも詐欺。すべての宗教を否定するつもりはないが胡散臭いのがほとんどだ。宗教は古代の何かを伝えるもっとも重要なカギではある。しかし、嘘や歪曲で包まれているものがあまりにも多い。
「実は・・失礼ながらあなたのことを追いかけていました。」
こいつストーカーか。以前頭のネジが2,3本足りないような女に追いまわされて大変な目に合ったことがあったことを思い出し、身構えた。
「とりあえず名乗ったらどうなんですか。」無礼な相手の言い方に私は少しイラついて返した。
「ごめんなさい。わたしは烏丸といいます。」
「日本人ではないのか?」氏名を逆にいったり、アプローチの仕方に違和感がある。こういう相手には横柄に対応することにしている。会話の主導権を得て、相手に誘導をさせないためだ。
「母は日本人ですが、父がイスラエル人なので。」
「イスラエル?」イスラエル?私の脳ははユダヤに関する知識を集め始めた。ユダヤ問題、日本との関係については怪しげな本を随分読んだことがある。あのあたりの紛争の話よりも、裏話に興味があるのだが。
「モサドとか言うんじゃあるまいな。」氏名を知っているところから諜報機関ではないかとの疑念がよぎる。
「いえ違います、政府機関ではありません。」
「その言い方では何らかの機関というわけか?」
「はい。はっきりとは言えませんが、太古の伝承によって動く調査組織です。」
「失礼だが、胡散臭い。本物であるという証拠は全くない。何かを買わせるつもりか?それとも俺を拉致るのか?」
「こういえばあなたにはわかるといわれました。日本にはカミの直系の子孫がいます。それは我々カミの選民とは異なります。」
ユダヤという民族は神の選民であるといわれている。12の支族があって、その一部は日本にも来ており、それが天皇家の源流となったのではないかとも言われている。そのためイスラエルからは日本に調査団がきているとは聞いていた。
我が国の天皇家には神の直系伝説がある。選民と直系は違う。そのことを明確に知っている人間は少なく、私ですら30年にわたる調査でようやく確信した矢先であった。
「唐突にそういわれてもな。私がそれを知っていることを、なぜ君は知っているのかね。」
「あなたの書き物を追っていたからです。」
私は自分の調査で得た情報を一時、ネットで公表していることがある。アクセス数は毎日二ケタを超えなかったが、そのなかに彼らがいたというのか。
「それだけでは君が俺のサイトを見ていたことの証明にしかならない。君の組織がまともであるという証拠にはならない。」
「はい、その通りです。でもそれがお伝えできる現実です。話だけでも聞いてもらえませんか?」
「俺はこれから仕事に行かなければならない。帰りでよければ。」
「わかりました。それでは夕方7時にまたここで。」
退屈な仕事を終えて、朝来た喫茶店にまた入る。退屈な日常を壊すために性懲りもなくまた来た。
女は先に来ていた。
「やあ。」俺はわざと無愛想にふるまった。
「来ていただいてありがとうございます。」女は立ち上がって会釈した。
「話だけ、聴こうか。団体や組織に入る話ならお断りだよ。」
「そういう話ではありません。」
「ではなんだ。」
「私たちは失われた10支族の行方を追っています。なぜか日本の神道関係の中でそれに詳しい人がいるので情報を求めているのですが、いい加減なものも多くて。」
「ああ、わたしも詳しく知ってるわけじゃない。いい加減な情報を寄せ集めただけだ。」
「しかしあなたはブログの中でかなり詳しく書いているではありませんか?」
「あれはある文献のほとんど丸写しさ。」
「文献とは?」
「K文書とM文書、それに神秘家渡来三郎の解釈をもとにしている。むろん歴史家はどちらの文書も偽、渡来は戦時中に裁判にかけられ、牢獄に閉じ込められて拷問を受けたがね。」
「この手の情報は氾濫していますが、あなたの意見は我々の調査した結果に一番近いのです。」
「それはよかった。もっとも私は自信を持っていたがね。」
「それで是非調査に協力してもらいたいのですが。もちろん礼はします。」
「礼とは?」
「この金額ではいかがでしょう。」
金の話を先にするのはどうも不気味だ。だいたい俺が知っていることくらいでそれほど金を出すのはおかしい。俺の知識はおおむねネットで手に入る。ただいくつかの情報から仮説を立てているだけだ。その大半はネットで公開している。
「君に組織のバックが知りたい。それが条件だ。」
「組織を知れば組織に入らなければならなくなります。」
「ほう。ユダヤ人でなくても入れるのか?」
「あなたはユダヤの血を引いています。」
「なに?」俺は一瞬動揺した。
「鷲鼻ですし、ユダヤ系の顔をしています。」
「そういうことか。遺伝子検査でもしたのかと思った。」
「しました?」
「なに?」
「貴方がお飲みになったカップの唾液から遺伝子情報を引き出せました。」
「そ、それは不愉快だな。」
「すみません。」これは男が女にやればストーカー行為として騒ぎになるかもしれない。
「俺としてはそんな気分の悪い相手とかかわりたくないが・・。」
「それでもあなたは興味をおさえられない。」
女は私の胸中を見抜いていた。主導権を握るつもりが、一歩一歩主導権を奪われている。
単調な生活。そのなかに長年探求してきた世界の裏面史を現実のものとして話す女が現れた。たとえそれが少々危ないやつらの集まりでも、退屈に人生を終わるよりはましだと思えた。
生意気な言葉を女は口にしたが、あどけなさの残る表情がその印象を和らげた。
彼女は本当の俺の心理を見抜いているのかもしれない。しかも見抜いて勝ち誇ることが目的ではなく、助力を求めているのだ。
「分かった。ただし、交通費以外必要経費以外特別な報酬はいただかないことにする。今の仕事は辞めない範囲で協力する。そして活動は妻や子供には内密にしてもらう。」
「了解いたしました。やはりあなたは私たちが思っていた通りの人でした。」
「え?」
「お金で動くような人ではない。」
「いや、それは買い被りだ。わたしにもお金は必要だ。老後の資金についても考えなければならない。できれば潤沢な金はもらいたい。しかしいかんせん君は怪しすぎる。いきなり金を出して協力してくれといわれて後から怖いお兄さんが出てくるとも限らない。」
「それは心配ありませんわ。」女は会心の笑みを浮かべた。
「だといいがね」
「お約束します。」
「とりあえず何をすればいい?」
「あなたがどこまで知っているか、私に教えてください。」
「毎日レクチャーというわけだな。わかった。それでは仕事の帰りに話そう。ただしこの喫茶店は職場に近すぎる。池袋駅の南口を出たところにCという喫茶店があるからそこで待っていてくれ。」
「わかりました。」
「君たちも可能な範囲で活動を教えてくれ。」
私はそれ以上余分な話をせず、すぐに喫茶店を出て家路に向かった。あまり遅くなると家内にいろいろと勘繰られる。浮気などするよしもないが、喫茶店で自分より若い女に会っていたとすれば疑われても仕方がない。家の人間でも職場の人間でもすぐに勘ぐる。秘密を持つのは厄介だが、いまどきユダヤの話など妻に話したところで聞くはずもない。
平成27年8月6日
女は新たに指定したC喫茶店に来ていた。
彼女は組織に雇われ、そこから調査費用も給料も出ているのだろう。
金のルーツをたどればユダヤの財閥から金が出ているのかもしれず、調査組織が彼らにつながっているとしたら、彼女は私の敵になる。今の私には奴らを相手にできるほどの力はない。
「さあ何を聞きたい?」
私は彼女がスパイであるという前提に沿って受け答えし、協力することとした。
「貴方がネットにのせている情報の中で、戦前の天皇政に触れている部分があります。とてもデリケートな問題であることは承知していますが、われわれはユダヤ12支族との関連の中で天皇政を考えています。」
「どの部分?」
「われわれの聖典には救世主が二人出現することが書かれています。ご存知のようにキリストは預言者であったとみています。」
「ユダヤ教はイエスを救世主と認めていないからな。」
「はい。」
「確か死海文書にも二人の救世主の話がでていたな。」
「はい。よくご存知ですね。」
「世界を救うという意味では二人とも救世主だ。しかし役割が違う。一人は文字通りの救世主、もう一人は世界の君主になる。」
「そこです。貴方は天皇がその君主の一人だと考えているのではないですか?」
「いろいろ調べているうちにそう考えるようになった。」
「・・・実は私の組織の者にもそういう者がいます。ですが、意見が分かれています。」
「君らの伝承では預言者エリアの再臨のあとに救世主が現れると表現されている。ゲッセマネのヨハネとナザレのイエスがその役割を担うと考えた者もあったが、二人とも殺された。ユダヤが彼らを救世主と認めたがらない気持ちはよくわかる。待ち望んでいたユダヤ人が彼を預言者としてすら認めず殺してしまったのだから。しかもユダヤ人の言い分としてはもっともだがイエス亡き後、世界はまだ救われていないからな。」
「私たちは最初日本にきたイスラエル十支族のうち一支族が天皇家であると仮定して調べてみました。古い日本の文化や言語にはユダヤの文化との共通点があります。
しかし、決定的な確証はありません。そんななかであなたは天皇家は神の直系であり選民であるユダヤとは違うと書いていました、わたしはその仮説を前提に調査を進めることにしました。」
「実はそれも受け売りなんだよ。私の説ではない。私はそれを主張した神秘家渡来の意見が正しいと後押ししたに過ぎない。」
「我々はその神秘家を知りませんでした。」
「その神秘家は思想的な危険人物としてほぼ歴史の表舞台から抹殺されているから教科書にも載っていない。」
「私たちももっと調べてみる必要がありますね。」
「ところで失われたユダヤの十支族が日本に来ているとしてどう見分けるか。他の種族と混血しているであろうし、それに意味があるのか?」
「ユダヤ人を見分ける遺伝子テストを開発しました。十二の支族を明らかにするのはそれが神の国の礎になるからです。」
「12の自治体か?」
「やはりご存知でしたか?」
「ああ。世界統一後は12の区画で統治される。これは神の計画でもあるが、堕天使も先に狙っているのだろう?」
「え?どういう意味ですか?」
「とぼけるな。悪魔はまず神の計画を真似る。シオンの議定書を伝えたなんといったかな、彼は知っていただろう。」
「・・・・・・」
「知らなかったか?」
「神﨑さん。私たちの仮説は少しあなたのとは違うようです。」
「違うんじゃなくて、君たちの見識不足だ。契約はおしまいだな。」
私は相手の知識の底をみた。彼女は単純にユダヤの王国を信じているシオングループの使いだろう。
「いえ…個人的に、あなたのお話しに大変興味があります。」
「個人的に?」
「私は組織から10支族の行方を探すように命じられてきました。小さいころから日本で育ち、たくさんの文献を調査してきました。貴方の言っている話を私も聞いたことがあります。」
「聞いたことがあるって。本に載ってたよ。今の時代は情報がさらされている。ゴミも宝も書物とネットに埋もれている。聖書でも神秘的書物でもネットで読める時代だ。問題は君自身が君のボスとどの程度違った解釈を受け入れられるかじゃないか?」
「グローバルな世界を作るのが、本部の目的です。おっしゃる通りです。しかし、それまでにどのようなプロセスをたどるか、本部の思惑通りなのか確かめる必要はあります。」
「君は組織にいる癖に組織と違った考え方ができるのかね。」
「ここだけの話にしてください。組織にも様々な考え方があります。また上の思惑は我々の理解を超えることがあります。私たちは神に忠誠を誓っていますが、組織とは折り合いを付けていかなくてはならないことがあります。ご理解ください。」
「はじめて率直な意見を聞いた。いまのが私を信じさせるテクニックだとしたらかなりのものだ。しかし、わかった。ある程度譲歩しよう。そのかわり君もできるだけ組織のことを教えてくれ。」
「可能な限り努力はします。しかしどうしても無理なことは勘弁してください。」
「わかった。」
腹が減っていた。私は女と食事などせず、家で飯を食べるために、彼女との二回目のレクチャーを打ち切った。
若いころ、世間を騒がす宗教団体に出入りして自分を試したことがある。自分は洗脳されやすいかどうか。勧誘にのり、怪しげなセミナーに出かけ、散々議論して感じたのは彼らに論理が通用しないということだった。
彼らはただ信じている。私は幾多の宗教を研究してきたので、宗教がどうやって人を信じさせるかを知っている。ただ、最近の宗教は商売と絡めてきたり詐欺まがいの方法で人に近づいてくるから、都会の孤独な青年はひょろひょろとついていってしまう。あれで金にシビアでなければ私も印鑑や壺の一つも買っていただろう。だがおれもそこまで馬鹿ではない。
女の目的が本当に調査なのかどうか、本当であったとしても組織が利用していないかどうか、かなり怪しい。
本来なら避けるべきだろうが、私は退屈していた。仕事にも、人間にも、人生にも。このまま歳をとってもなにも起こらないだろう。何かしら刺激を求めていたのは事実だ。リスクを冒すことにした。
平成二十七年八月九日
女は私を京都に呼んだ。京都には日本の歴史があるというのだろうか。私は日曜一日をなんとか工面して東京駅に向かった。日帰りの旅だ。妻はふてくされた顔で返事もしない。
新幹線に乗った私は行き先を言わない女にまたいらだっていた。怪しいところであれば逃げ出すつもりでもあった。
「京都のどこへ行くんだ?」
「私についてきて。」
何を隠そう私は京都生まれだ。しかし小学校から父親の都合で東京を出てきているから、そこいらの旅行者ほどにも京都のことを知らない。
駅の近くに安倍晴明神社の神社があることさえ知らない。彼女は俺をその境内に連れ込んだ。井戸があり、その脇に奇妙な北斗七星が描かれている。
「ここはどこだ?」
「その昔、武将が天皇を倒そうとした主君を殺害し、茶人として身を潜めていたところです。」
「知って居るのか光秀が利休であったことを。」
明智光秀は主君である織田信長を倒し、歴史上逆賊として有名な人物である。しかし彼を慕う者もおり、主君殺しの原因は主君の皇室に対する謀反によるものだという説もある。光秀の生存説は主として二つある。利休になったという説と天海になったという説である。
「彼は世界の秘密を知っていました。」
「なぜ、そのことを・・?」
その事実は文献に記されてはいるが、アカデミックに認められたものではない。
よく調べたものだと感心した。
「日本人の右翼がいうならわかるが、ユダヤからきた調査員がいう言葉ではないだろう?」
「いえ、ユダヤ人の中にもこのことに気づいて組織とは別に行動して、日本を護ろうとした者が何人もいます。」
「それは・・・そのことを書いた本は読んだことがある。日本の天皇政が実はユダヤの理想的な政治形態であったということだろう?あれは日本人が書いたと聞いたが・・」
「書いたのは日本人ですが、口述者がいたのです。」
つまりゴーストライターはいたが、創作ではなく語部はいたということか。
「その人と君が関係あったとでも?」
「私の祖父です。」
「それを証明しろとは言わないが、そうすると君は財閥系のユダヤ勢力の考え方から離反することになってしまう。」
「その覚悟はあります。」
「どうだか・・。」
20年ほど前に出た書物だ。
その書物には二度の世界大戦が国際ユダヤ勢力による陰謀であったというばかりでなく、日本の二つの憲法もユダヤ勢力により国家弱体化の目的で作られたということが書かれていた。口述者であるユダヤ人はその陰謀に加担したが、日本を研究するうちに日本の古代の政治形態がユダヤが理想とするものに酷似していることを悟り、日本をなきものにしようという陰謀から日本を救おうと努力してきたというものであった。
国際ユダヤ勢力に関心を持つ差別主義者には歓迎された書物であったが、一説には日本人の一部が自分たち説を広げるために書いたのではないかとも言われていた。
私がこの本に信憑性があると感じるのは、先の神秘家渡会が自らの著書がフリーメイソンに渡った時に戦争が終わると予言していたからだ。つまり渡会はユダヤがフリーメイソンを動かして日本を征服しようとしていたことを知っていたが、同時にユダヤが日本が特殊な国であるという知識を持っていることも知っていた。日本の天皇政がユダヤの理想と一致し鄭て驚愕することも知っていた。
「君はおじいさまの意思を知りながらユダヤのその秘密組織とやらに加担しているのだろう?」
女は今までと違ってためらいがちに話し始めた。そのことがかえって女の話に真実味を持たせた。
「私たちの世代は情報があふれています。父母からはタルムードについてのしっかりとした教育を受けはしましたが、21世紀の文明社会に身を置いていれば異文化に触れ、タルムードがそのまま通用するのかどうか、戸惑うこともたびたびです。もちろん神を信じていますし、ユダヤ教から離れるつもりはありません。
しかし祖父が考え方の転換を経験したように、真理を実践してゆく方向性はさまざまです。大学在学中に組織から勧誘を受けました。
私に課せられた使命はあくまで失われた支族の調査研究でありそれ以上でも以下でもありません。
・・しかし私が祖父から受け継いだ使命はそれ以上なのです。日本を護れというのが祖父の遺言なのです。」
「君の属する組織は君の祖父が例の書物の口述者であることを知っているのだろう?」
「あからさまにはしていませんがおそらくは知っているはずです。」
「それでもなお依頼してくるというのは・・。敵を知りたいのか。」
「え?」
「国際ユダヤ勢力にとっては私は敵だ。まあ人畜無害なのでつぶされないだけだが、彼らは君の調査を通して敵の存在と考え方を把握したいのだろう。」
「あなたがユダヤを敵視する気持ちもわからぬではありませんが、そうあからさまに言われると・・。」
「気に障ったなら謝る。ユダヤを差別しているわけではない。グローバルとやらを通じて世界帝国を築こうとしている連中がたまたまユダヤとかかわりが深いために、ユダヤの名前を出してしまうだけなんだ。行ってしまえばユダヤには善も悪もあり、悪なるユダヤにとっては私が真実を流出させることは邪魔なんだ。」
「私はそのどちらにいるとお考えですか?」
「国際ユダヤ勢力に利用されつつ・・・君自身の道を歩めるかどうか分岐点に立たされている。」
「私は神の御意志に沿って生きたい。」
「壺を売る団体の信者もそういっていた。組織と神の意思はふつう一体と思っている。」
「どちらかを選べといわれれば神を選びます。」
この女は確かに考えていることを率直に述べているのだろう。しかし、国際ユダヤ勢力がはたしてこの女をどう使うかにより、教える内容も選ばなくてはならない。
わが国の不利になることは教えられない。
「ところで京都くんだりまで呼び出して、何をみせたかったんだい。」
「あの、武将は、戦国時代を終わらせるために、君主を利用しました。陰で三代の君主に仕えたましたが、実際には七人の中心人物がいて、彼らが戦国を終わらせたと考えます。北斗七星は七人の賢人を現しています。」
「それで?日光東照宮の家康の絵の上にも北斗七星があるということも知ってか?」
「ええ。」
「それがユダヤとどう関係がある?」
「豊臣秀吉の朝鮮進出を促したのは明智光秀とあなたは書いていました。豊臣秀吉は大陸に天皇を移動させることを考えていました。秀吉はアレクサンダー大王のように、世界制覇をもくろんでたという説もありますが、明智光秀の策だとすれば、世界統治についてのなんらかの伝承をもっていたのではないでしょうか?」
「世界統治が明智の画策だということは日本では知られていない。世間はそうは思わない。織田信長の世界制覇の夢を秀吉が引き継いだと思っている。秀吉の狂気だとも言っている。」
「織田信長に世界制覇の野望を与えたのが明智光秀だったということをあなたは知っていた。」
「それがユダヤとどういう関係がある?」
「驚くべきは明智の先見の明です。しかし信長は自分を天皇としようとした。そこが皇室とつながっていた明智のグループを激怒させた。」
「中国でいえば曹操の野望だな。皇帝を抹殺した。」
「日本でも蘇我氏によって天皇が殺害されたことがありましたね。」
「しかし、天皇家の血筋でない家臣が天皇になることはない。」
「ええ、明智は天皇になろうとした織田を討った。」
「繰り返すがそれが、ユダヤに何の関係がある?」
「ユダヤ人の多くは国を失った後東へ移動したのです。」
「移動したのは東だけではないだろう。」
「もちろん世界中に散らばりはしましたが、賢明で、伝承に忠実であった支族は東へ向かいました。東に安息の地があると信じたからです。また東から救世主は来ると信じられていたからです。」
「ソロモン神殿をはじめとして重要なシナゴークはすべて東向きに作られるとか。」
「そうです。」
「つまり君が言いたいのは、日本の天皇と救世主は日本から東に向かって出現するということか?」
「そうです。」
「その発想は戦前八紘一宇の思想として日本で広まった。」
「わかっています。日本はその思想を利用して中国に進出しました。その部分を公に語ることは日本では今でも難しいでしょう。」
「大臣が神社に参拝しただけで大騒ぎになる。書物として公にすればそれこそ方々からバッシングを受けるだろう。私もその部分はサイトから削除した。」
「しかし私は読みました。」
「日本は大陸にユダヤ人の安息の地をつくる計画をもっていました。」
「計画だな。」
「ええ。」
「しかし、国際ユダヤ勢力はそれをよしとせずにつぶしたよな。」
「はい。当時は日本が意味ある国だと気づく者がいなかったのです。ただ極東日本はユダヤの世界戦略にとって邪魔だった。」
「君の祖父も含めて日本をつぶしにかかっていた。」
「耳の痛い話ですが、その通りです。」
「しかし日本では明智光秀の時代から、日本の天皇が世界の盟主なる使命をもっていることは知られていたと思われます。」
「それが妄想であると、現代歴史家からは笑われるだろうな。」
「そんな嘲笑は無視しましょう。私の考えでは、日本の天皇は世界の盟主としての使命を担っておられ、ユダヤはそれを助ける使命を与えられていると考えるのです。」
「私のサイトを読んでそう思うようになったのかね?」
「否定はしませんが、祖父からの言い伝えと伝承を総合すると、そう考えないわけにはいきません。」
「で、繰り返すがなぜ明智光秀なんだ?」
「彼の失敗がどこにあったかということです。」
「秀吉の朝鮮出兵は大失敗に終わった。もともとかなり無理があった。明智にしてはずさんすぎる段取りだった。しかも、秀吉は利休を抹殺したあと出兵している。」
「秀吉は上り詰めるまではよかったが、上り詰めた後、かなり酷いことを行っています。利休が明智であることを、秀吉は知っていました。そして秀吉にとって明智は最後のうるさ方でもあったのです。
明智はたびたび秀吉を諌めましたが、その横暴を抑制できなくなっていました。秀吉の大陸出兵の目的はあくまで中国との交渉でした。そして朝鮮と最初から事を構える気はなかった。ところが朝鮮が協力を断ってきたために秀吉は逆上して朝鮮を武力で抑えようとした。明智は背後にある明の国力を知っていたのであくまで朝鮮と話し合うつもりであったが、秀吉はこれを聞かなかった。朝鮮に武力で突っ込めば最初はよくてもあとで日本は散々な目に会うことは明智はわかっていた。明智は命を賭す覚悟で秀吉を説得したが聞き入れられず、自らを切腹に追い込んだ。」
「よく知っているな。」
「仮説ですが。利休=明智はこの時も死ななかった。秀吉は利休=明智の首を確認していない。」
「つまり逃げて天海になったと?」
「ええ、彼は秀吉が大陸出兵に失敗することを予測し、次世代の将軍として日本のかじ取りをしてゆくには徳川家康にやらせるしかないと考えた。」
「それで以前から交流のあった天海に会い、すり替わったと。」
「彼は豊臣家を見捨てたと?」
「光秀の使命は皇室の密命を帯びて戦乱の世を終わらせることでした。彼が忠誠を誓うのは天皇であり、将軍家ではありません。彼は七名の武将とともに徳川を使って日本の戦乱を終わらせようとしたのです。」
「君が言いたいのは日本にはもともと天皇が世界の王であるという伝承があっということだろう。」
「はいその通りです。」
「ならばユダヤとは無関係だろう。」
「世界は神のもとで設計されました。ならば人がその秩序を理解できるはずです。」
「何の根拠もない憶測だが、妙に説得力があるな。」
「世界は二つの極で動いています。東洋でいう陰と陽のようなものです。」
「カバラでも左右の木がバランスをとっているというな。」
「ユダヤ民族と大和民族はその二つの極であり、大和民族が縦とすれば、ユダヤ民族は横に配置されます。」
「二つの民族が世界の民族をまとめてゆくという説か。」
「そうです。いかがですか?」
「それは私が一時サイトに発表していた説だな。神秘家の渡会氏の説を踏襲したものだ。」
「私は非常に感銘を受けました。」
「日本は豊臣の時と、伊藤博文の時と2度大陸進出を失敗している。侵略だといわれている。」
「民主主義で国境のある世界では、人の国に侵攻して神の摂理などとは言われないでしょうからね。」
この論争に終止符を打ったのが私の沈黙だった。私が北斗七星の描かれた石版に触れた時、突然脳ので変化が起きた。
周囲の音が止み、明智光秀の意識が流れ込んだ。
彼は織田信長に仕えた利休と容貌が似ていたために、織田信長の死後、一件が落着してから本人とすり替わった。利休も秀吉もそのことは知っていた。
光秀は海外からの情報を各地から得ていた。秀吉もまた漂着した西洋人の口から日本を征服する陰謀を聞いた。
九州の一部はすでに異教徒に乗っ取られそうになっていた西洋人はキリシタンを使ってまず思想を変えてから、侵略を行うというのだ。多くの仏教徒が迫害され、寺院が焼かれた。秀吉はキリスト教禁止令を出さざるを得なかった。さらに世界の状況を聞くと早急にアジアを日本のものにしておかなければ、列強に勝てぬと判断した。世は植民地化が当たり前だった時代である。
内政と外交を同時に進めるのは難しい。秀吉は大陸進出を、光秀は内政にかかわる算段だった。しかし利休として内政にさほどかかわれるわけではない。
秀吉は家康をあてにした。大陸政策の段取りしているさなか、利休が光秀だということが噂になり始めた。
そこで秀吉は一計を案じ、利休を切腹させたとして、光秀を関東にゆかせた。利休は関東で家康と会い、家康の内政を補佐した。
途中秀吉は逝去して、大陸進出も暗礁に乗り上げた。
秀吉はもともと戦略が上手だったわけではない。黒田、竹中ら軍師がいたからこそ戦に勝ってきた。ところが太閤に上り詰めて以来、軍師を軽んじ、自らの地位を脅かすものとしてかれらを怖れた。また石田三成らの讒言により、判断を誤ることが度々あっ.
は軍師としての才覚はなかった。
光秀は天海と入れ替わり、家康に内政を取らせる計画をしながら、大陸政策が失敗するであろうこと、秀吉亡き後豊臣は徳川と対立するであろうことを読んだ。
光秀は天海の姿をしながら徳川家康と会った。
「これは、これは。」
「久方ぶりじゃのう。」
いずれ徳川に与する者と、豊臣に与する者とで対立するであろう。しかしながら、豊臣秀吉の子といわれる秀頼は、秀吉に似ていない。淀君が大野治長と密通してできた子供だといわれている。体格も秀吉に似ないで大きかったといわれている。
豊臣秀吉自体は本当に皇室のさるお方の血筋をひいていたからこそ太閤にまでのぼりつめた。しかし、血のつながっていない密通でできた子供にあとを継がせるわけにはいかない。大野は以前家康殺害計画に加わったこともあったのである。大阪の陣はまさに大野治長の謀略と家康との戦いであった。
明智は日本の将来を考えていた。家康を京都から距離をおきつつ関東を統治させて全国を統治するしかない。
歴史書ではお福は斎藤利三の娘で、本能寺の変のあと三条家で育てられた。
しかし 実はお福は明智光秀の子供ではないか?
丹波の亀山城で生まれたという説、本能寺の変の時も亀山城にいた。
三条西実美はじつは古今伝授をうけており彼が家光の養母にお福を推薦した。
古今伝授は和歌の秘伝といわれているが、日本の和歌には古代の秘密が隠されているといわれている。そのカギがを知る三条氏がかかわっていた。
公家は皇室を護る家柄だが、公武が分かれていた時代は秘密裏に活動して面が多い。万葉や古事記の秘伝もすべて封印され、武士は外来の禅宗に傾倒した。武力により国が治められており、多勢に無勢の公家皇室も直接的には政治に口が出せなかった。
光秀は公家か皇室からの命令を受けて動いていた節がある。
家康もそれをわかって天海として親交を結んでいた。
また、本能寺の変の原因もまた、ここにある。
織田信長は自分を神として、日本の制度を自分中心に変えようとしていた。皇室に替わって自分が統治者となり、覇権を振るうことを考えていた。
これに対して皇室公家衆は危機感を抱き光秀に主君討ちを命じたのである。
光秀の用意周到さと、近しい部下、利休、豊臣の協力を得て、これが実現したのはそうした後ろ盾があったからだ。
多くの情報が脳内に流れ込んで、俺は一時その場に跪いた。烏丸が駆け寄り俺を助けおこした。
「大丈夫ですか?」
「いや、少しめまいがしただけだ。なんだこれは。どうなっている?」
「この石には光秀が強い念をこめていて、それをあなたが読み取ったのです。」
「読み取った?おれにはそんな超能力はないぞ?」
「あなたは、ご自分を過小評価されている。あなたには雑多な知識の中から必要な情報を読み取る力がある。」
そんなのは誰にだってあるだろう。餅は餅屋というように注意しているから情報が目にとまるだけだろう。そんなSFみたいな話・・・と言いかけて再び石に触れると脳内の知識が再び起動してイメージが展開される。
「何者だ明智光秀は。常人ではない。」
彼は織田の過信というよりは織田と対等に渡り合っていた。ただ織田の陰にかくれて織田、豊臣、徳川を操ったのである。忍者であれば上忍すなわち政治的謀略の達人であった。
皇室は密使を通じて明智光秀を織田に送り込み、日本の統治を図った
の彼らを説得するためには、利益、名声、恐怖のいずれかの手段を用いただあろうが、複数の人間を従わせるにはこのことが明らかになれば一族すべてを死刑にするという恐怖を与え、うまくゆけば利休を後世に残る名家にするという約束をする以外にないかもしれない。
光秀=利休説はある宗教家の直観によって明らかにされ、事実確認された。当時の茶道の伝承者が認めたという記載まである。
光秀が殴られたり母親を殺されて復讐したという説はいかにも稚拙だ。しかしそれに変わる利休説はあまりにも突拍子もない。
だが親父は女との対話の中でそれを引用していた。
ノートが作り話であっても、親父がこの説を知っていたということは事実だ。
確かに親父は昔から不思議な一面があった。集中したことには天才的なひらめきをもっていたが、それ以外のことは常人以下の能力しか持ち合わせていなかった。
いつか話していたことがあったが、親父は若いころ「能力のすべてを真理の探究に費やした。それは知識の専門家になる為ではない。」と言っていたことがあった。
俺はそれ以上親父の内面を知らない。それ以上は俺の理解を超えていた。
光秀が天海になったという説は最近よく聞く。
利休が殺されたのは大徳寺の門を太閤が潜り抜けるとき利休の像の下を通るためなどという説も納得できなかったが、利休の素性がばれかかったので切腹したことにしたのではなかろうか。
ではどちらの利休が死んだかである。
元の利休がそのために死んだとすれば、なんとも利休にとっては迷惑な話であろうし、親戚一同納得のできる話でもないだろう。
あるいは元の利休が真相をばらしたために腹を切らされたのだろうか。
ここで明智光秀が利休になっていたとして、光秀が腹を切ったとは考えにくい。
多くの犠牲を伴って多くの部下を死なせながらの大芝居のあと、秀吉とのいさかいが原因で腹をきるでは光秀の志は他愛ないものとしか考えられない。
光秀はやはりこの時、一計を案じたのではないだろうかである。」