学園六不思議考案事件 破
ミス研から学園六不思議の調査を依頼された翌日の朝、長い長い直線の通学路を歩きながら、今日確認すべきことを頭の中で整理していると、不意に肩を叩かれた。
有里紗か?と思い振り返ると、そこにはミス研部長の彩が立っていた。
「おはようございます、辻戸先輩」
六郎は彩に会釈をする。彩はセミロングの髪を初夏の風になびかせながらニコニコとしていた。
「おはよう、ホームズ君」
「芦屋でお願いします」
この掛け合いはいつまで続くのだろう──と六郎は思う。有里紗が余計な紹介をしたせいだ、とここにはいないクラスメイトを恨む。
「ところで、昨日の今日だけど、何か分かったことはある?」
「いえ、まだなんとも……」
考えていることは、あるにはある。しかし、まだ言葉に出すには情報が足りない。いくつかの捜査が必要だ──と六郎は考える。
「先輩、六不思議が作られたのが何年前くらいか、わかりますか?」
「いや、今のところ頼りはあの日記だけよ。日付だけで年号が書かれてないし。せめて曜日でも書かれてたら良かったんだけど……」
曜日があれば年号が割り出せる。昨日彩から預かった、六不思議考案者の日記。その劣化具合からして、そんなに古くはないはずだから、そこを頼りに、とは彩も考えたのだろう。
「そうですか……じゃあ卒業生をあたりましょう」
「卒業生を? 結構な手間がかかるわよ」
「いえ、ぴったり見つかる可能性は少ないですが、大まかになら、そこまでの手間をかけなくても分かると思いますよ」
六郎は昨日考えた提案を彩に告げる。
「なるほど、考えたわね。さすがはホームズ君」
「それ、ホントやめてください」
六郎が困り顔で告げると、彩はケラケラと笑いながら言った。
「ごめんごめん、そんなに怒らないで。有里紗があんまり嬉しそうに君のことを話すから。ついつい、ね」
どんなふうに話したのだろうか。気にはなるが怖い気もする。
「うん。でも芦屋くんなら、有里紗が気に入ったのも分かる気がする」
彩はいたずらな笑みでそう言った。
「あの子、結構モテる割に奥手だから、心配してたんだけど。君なら大丈夫かな」
「えっと……何がですか?」
聞き返してはみたが、彩の言いたいことはなんとなく分かっていた。しかし──。
「芦屋くんなら、有里紗を任せられるかなって」
「からかってますよね?」
きっとそうだ──と六郎は思った。前に、有里紗が恋をしようか、と言っていたことを思い出す。途端に、動悸が速くなる。
「あれ、六郎くんと彩先輩、一緒だったんですか?」
不意に現れた有里紗に声をかけられた。
「あ、いや、これは……」
何を動揺しているのだろう、とも思ったが、六郎はあたふたと居住まいを正した。彩が隣でふっと笑う声が聞こえる。
「それより有里紗。芦屋くんが事件解決の糸口を見つけたわ。さっそく今日のお昼から調査開始よ」
「ほんとに?さすが六郎くん!」
有里紗がまじまじと、大きな瞳で六郎を見つめる。後ろで結んだ髪の毛が、喜びを表すようにぴょんと跳ねている。
「いや、糸口というほどじゃないけど……。とりあえず、捜査の方向性だけな」
有里紗の深い瞳に、吸い込まれそうになるのを、六郎は必死に食い止める。
まさか、な──。
昼休み。考えを実行に移すときが来た。有里紗には六郎が、ミス研部員の真志には彩が、それぞれ計画を伝えていた。
捜査は聞き込み。対象は卒業生。朱陽高校を卒業した者、という括りでみれば、たしかに彩の言うとおり大変な手間になる。
しかし、朱陽高校を卒業し、なおかつ朱陽高校にまだ籍を置いている者、が存在する。それは──。
「先生、いまちょっといいですか?」
有里紗が担任の折尾教諭に話しかける。ここは、職員室。教師の中には朱陽高校出身者が少なからずいるはずである、という六郎の考えだ。
「なんだ、須賀。それに芦屋も」
「先生たちの中で、うちの高校出身の方っていらっしゃいますか?」
「うちの出身? それなら俺がそうだぞ」
思わぬところで最初のあたりを引いてしまったらしい。しかし、折尾教諭は四十歳手前だ。高校時代といえば二十数年前──。
「それがどうかしたのか?」
折尾教諭が尋ねてくる。有里紗が答えに困った顔で六郎を見てきた。事前の打ち合わせでは、まず折尾教諭から朱陽高校出身の教諭を聞き出す、という段取りだった。いきなりのあたりに、アドリブが効かなくなったのだろう。
「実は、文化祭の出し物として、近年の朱陽高校の歴史を考えてまして。詳しい先生を探していたんです」
有里紗が取ってつけたようにうんうんと頷く。あまり身振りが大きいので、隠し事があるでござい、と言っているようなものだ。しかし、折尾教諭はそこには触れずに言った。
「そうか、知ってることで良ければ何でも答えるぞ。創立は、昭和の初期頃まで遡るんだが──」
「あ、いえ……。今調べているのは、この学校の六不思議に関する内容で……ご存知ですか?」
熱を持って語り始めた折尾教諭を遮るようで気が引けたが、限られた昼休みは有効に使わなければならないと思い、六郎は本題を告げた。
「六不思議か……そうだな。俺がうちに赴任したのが五年前、そのころにはもう生徒たちの間でそういう話はあったな。自分が高校時代にはそんなもの無かったから新鮮だったよ」
ということは、五年前から二十年前の間で六不思議は作られたことになる。その間朱陽高校にいなかった折尾教諭からは、これ以上の情報は聞き出せないだろう。
「そうですか、ありがとうございます。また何か、気になることがあればお話を伺いたいと思います。ところで、他にこの高校出身の先生はいらっしゃいますか?」
「そうだな、教頭先生と、高橋先生、あとは桜田先生が朱陽出身だな」
意外と少ないものだな、と六郎は思ったが、高橋教諭も桜田教諭も、まだ二十代だったはずだ。有益な情報が得られるかもしれない。
「何か聞きに行くなら、先生方がお忙しくないときにするんだぞ。あ、それから──」
折尾教諭は六郎に向けて柔らかな笑顔を作って言った。
「芦屋がこんなに早く、クラスメイトと打ち解けてくれて嬉しいよ。この調子で頑張れよ」
六郎がはい、と相槌を返すと、折尾教諭は六郎の耳元まで近づいて囁いた。
「ところで、須賀とは付き合ってるのか?」
六郎は目を丸くして首を横に振った。有里紗を見る。聞こえてはいないようだ。折尾教諭はすまんすまん、と言いながら六郎の肩を叩いた。
「さっき、最後に何の話をしてたの?」
折尾教諭から離れ、一旦職員室の外まで出てきたとき、有里紗が尋ねてきた。
「なんでもないぞ」
「ほんとに?」
有里紗が六郎の目をのぞき込んでくる。顔が近い。目を合わせると傍から見れば近い距離で見つめあっているようにしか見えない。有里紗のこういうところが、折尾教諭に誤解される所以だろう。
「あら、お二人さん。今日も仲がいいわね」
声に振り返ると、彩が立っていた。真志もいる。卒業生の教諭に、手分けをして話を聞く予定だった。
「彩先輩、吉田くん、お待たせしました」
有里紗が言う。どうやら追求の手を免れたようだ──と六郎は安堵した。
「朱陽高校出身の先生は教頭先生、折尾先生、高橋先生、桜田先生でした。折尾先生の話では、六不思議が作られたのは二十年前から五年前までの間。まだまだ範囲が広いので、高橋先生、桜田先生に話を聞こうと思います」
六郎が伝える。彩が口を開いた。
「私は高橋先生に教わったことはないから、桜田先生に聞きに行こうかしら。いい、真志?」
真志がコクリと頷く。真志は、彩にむりやり引っ張ってこられなければ絶対に参加していなかっただろう。
「じゃあ、私たちは高橋先生に聞きに行ってきます。昼休みも終わりそうだから、結果は放課後、ミス研の部室でいいですか?」
有里紗が提案した。彩と真志は頷いて桜田教諭を探しに行った。有里紗と六郎は高橋教諭を。たしか職員室の中にいたはずだ。
「高橋先生、少しよろしいですか?」
先程よりも少し丁寧な口調で、有里紗が言う。高橋教諭は生真面目さが外見にも溢れる女性教諭だ。気さくでおおらかな担任の折尾教諭よりもとっつきづらいのだろう。
「あら、須賀さん。それに芦屋くん? 二人してどうしたの?」
折尾教諭の時と同様、六不思議について聞きたい旨を告げる。
「ごめんなさい、わたしがこの高校にいた時には、まだその都市伝説は広まってなかったわ」
有里紗は「そうですか」と残念そうな口調で言ったが、聞くべきなのはそれだけではない。
「失礼ですが高橋先生。いまおいくつですか?」
高橋教諭は唖然とした表情を浮かべたが、隠すこともないだろうと「二十七よ」と告げた。ついでに「女性に面と向かってそんなこと聞いちゃダメよ」とも。その言い方が、それまでの高橋教諭の印象と異なり、六郎は少し驚いた。
放課後──。
ミス研の部室に集まった四人は昼休みの聞き込みの収穫について話していた。部長の彩自らが書記となり、ノートにペンを走らせる。
「高橋先生が二十七歳で六不思議を知らない、と」
「桜田先生はどうだったんですか?」
有里紗が尋ねる。彩は不敵な笑みを作り、言った。
「こっちは収穫アリよ。桜田先生は二十四歳。一年生のころに、先輩から六不思議について教えてもらったそうよ。夏休み頃に仲の良い友人たちと六不思議探検ツアーをしたらしいから間違いないわ」
おお、と有里紗が感嘆の声を漏らす。二十四歳の桜田教諭が高校一年生ということは八年前だ。また、二十七歳の高橋教諭が卒業したのが九年前。
「ドンピシャね」
「それ、死語ですよ、彩先輩」
「おばさん……痛っ」
最後に発言した真志だけが叩かれた。人生とは立ち位置とタイミングだな、と六郎は思う。
「とにかく、六不思議は八年前に作られたことになるわ」
気を取り直して彩が言った。そして──。
「で、どうするんだ?」
真志が言った。六不思議は八年前に作られた。日記が書かれたのもおそらくその年だ。では、そこからどうすればいいのか。三人の目が、自然と六郎に向く。六郎は、ゆっくりと口を開いた。
「教頭室に行こう。秘宝探しだ」