学園六不思議考案事件 序
「六不思議って知ってる?」
「もう一つくらいなんとかならなかったのか」
精一杯おどろおどろしい声色を作り尋ねてきた有里紗に、六郎は間髪入れずに突っ込んだ。六不思議というなんとも中途半端な名前自体が、すでに軽くミステリである。
「そんなこと言われても、うちの学校は六不思議なんだよ」
有里紗は話の出鼻をくじかれ、少しふくれっ面で六郎を見返す。
──うちの学校。朱陽高校に芦屋六郎が転校してきたのは、初夏の訪れを告げる風が教室のカーテンを揺らしていた六月のことだ。
あしやろくろう。名前の中にシャーロックという響きが混じっている。そんなことがきっかけで仲良くなり、ふとしたことから六郎と一緒に一つの事件を解決することとなった少女、須賀有里紗。
高校二年生にしては低すぎる身長と高すぎるテンションを持ち合わせた有里紗は、頭の後ろで二つに結んだ髪の毛をぴょんぴょんと揺らしながら、通学路である長い長い直線道路を六郎と肩を並べて歩いていた。
まさか、六個しか不思議がないというのが七つ目の不思議だったりして──と六郎が思うのと同時に有里紗が言った。
「ちなみに、六個しか不思議がないことが七つ目の不思議です、なんていうくだらないオチは無いからね」
まさか、そんなこと夢にも思ってないよ──六郎は心の中でそう言い訳をした。
「六不思議ってことは六郎くんとしても心穏やかではいられないんじゃないのかな」
大きな黒い瞳をキラキラと光らせながら、『六』にアクセントを置き、有里紗が言う。どう見ても小学生にしか見えないが、傍から見ても有里紗はかわいい、ということを先日六郎は知った。その情報の代償として脅迫状めいたものをもらったりしたが。
「その六不思議がどうかしたのか?」
有里紗の質問には答えず、六郎が言った。
「ええと、知り合いの先輩がミス研に入ってるんだけど、その人から頼まれちゃって」
「何を?」
「七つ目の不思議を考えること」
有里紗は低い位置から六郎の顔を窺ってくる。六郎は有里紗の考えをくみ取り、言った。
「それは大変だな、頑張れよ」
「えっとね、六郎くん……」
有里紗は何か言いたそうに口ごもる。おおかた、不思議を考えるのを手伝ってほしい、ということだろう。
「先輩の頼みではなかなか嫌とは言えないよな。応援してるぞ」
「うん、ありがとう。でもね……」
また口ごもる。流石にこれ以上はかわいそうかと六郎は思った。考えるくらいは手伝ってやる、と言おうとしたところで、先に有里紗が口を開いた。
「でも、頼まれたのは私じゃなくて六郎くんなの」
「はい?」
六郎は足を止め、開いた口が塞がらないとはまさにこういうことだ、という表情を体現しつつ有里紗を見つめる。
「ごめんなさい。ホームズみたいな人が転校してきた、って言ったら是非その人にって。言い出したらなかなか聞いてくれない先輩で」
いったいどういう会話の流れでホームズみたいな転校生なんて異名をつけられたのだろう。想像するに恐ろしい、と六郎は思った。
「とりあえず、今日の放課後、一緒にミス研まで行ってみないかな?」
有里紗は申し訳なさそうな、しかし有無を言わせなさそうな表情を浮かべ六郎を見る。背の低い有里紗が六郎を覗き込むと自然と上目遣いになるため、そのたびに六郎はどきりとする。
「まぁ、役に立てるかはわからないけど、行ってみるか」
六郎がそう言うと有里紗は一層目をキラキラさせた。
「ありがとう、六郎くん。じゃあ放課後、あけといてね」
すべての授業が終わり、放課後。太陽は来たるべき本番の夏に向けて調整を行っているのか、まだまだ高い位置にいる。
六郎は有里紗に連れられて部室棟の三階、ミス研の部室前にやってきた。
最近はミステリの枠が広がって、純粋推理も超常現象を含むオカルトも、全て一緒くたになっている、と以前小説で読んだことを六郎は思い出した。
扉を開けたら黒い衣服に全身を包んだやつが蝋燭の火に囲まれて怪しげな儀式をやっている、なんてことないよな──と思い六郎は唾を飲んだ。
有里紗が扉をノックする。「どうぞ」と女の声が聞こえた。声の雰囲気から怪しい物は感じられない。六郎は少し安心した。
「失礼します」
有里紗がそう言いながら扉を開ける。背の低い有里紗の頭越しに、部室の中に目を向ける。
白い仮面をつけた女生徒が部屋の中央に立っていた。
「よし、帰ろう」
開きかけた扉を強引に閉めて、六郎は来た道を戻ろうとする。慌てた有里紗に腕を掴まれた。
「ちょっ、六郎くん、いきなりどうしたの?」
「どうしたも何も、今のあれを見なかったのか? どう見ても怪人じゃないか」
六郎が言うと、有里紗は少し考えて言った。
「確かに先輩は変わり者だけど、大丈夫だよ。ここはオペラ座じゃないし」
そんなことは聞いていない、と六郎が言おうとした時、二人の方の間にあの仮面が割り込んできた。
「誰が変わりものですって?」
いつの間に部屋から出てきたのか。二人は驚いて飛び退く。仮面の女性とはケラケラと笑い始めた。仮面を被り、怪人のような見た目だが、嫌味のない楽しそうな笑いだった。
「ごめんごめん、そんなに驚かなくってもいいでしょ?」
女生徒は仮面を外しながら言った。仮面を外すと、そこには醜い顔ではなく、どちらかといえば美しい、凛々しさを備えた整った顔があった。間違いなく美人の部類に入るだろう。
「心臓止まるかと思いましたよ、彩先輩」
有里紗が胸元を押さえながら言った。心底びっくりしました、という風にもともと大きな瞳をさらに大きく開けている。
「ごめんってば。こっちがホームズ君?」
「シャーロッ君です」
「芦屋です」
頼むから変なあだ名を付けないでくれ、と六郎は有里紗を睨む。
「辻戸彩です。三年でミス研の部長をやっているわ。よろしく」
彩は軽く手を上げ、挨拶をした。
「芦屋六郎です」
自分については有里紗から紹介があっただろう──と思い、六郎は名前だけを告げた。
「まぁ、部室の前で立ち話も何だし、中に入ってよ」
そう言うと彩は有里紗と六郎を部室の中に招き入れた。
部室は怪しげな蝋燭も、暗幕も、衣装もない。教室の三分の一程度の広さを持った部屋だった。本棚には推理小説やオカルト本、中身は分からないが手製の冊子が並べられている。長机が二つ置かれていて、周りには椅子が置いてある。一番手前の椅子に男子生徒が座っていた。
「部員の吉田真志くん」君たちと同じ、二年生よ
彩が六郎たちに紹介した。真志は本を開いたまま、顔だけを六郎たちに向けた。線の細い身体付きで、顔も小さく、一見女性かと思うほどだ。大きめの眼鏡をかけていて、小さな顔にあまりマッチしていない。
真志は会釈にもならないような礼を六郎たちにすると、何も言わずに読書に戻った。
「無口な子なのよ」
彩が、慣れっ子だ、というように言った。
真志の横を通り、奥の椅子に案内される。三人が椅子に座り、彩が口を開いた。
「折り入って頼みたいことがあってね」
彩が六郎の目を覗きこみながら言う。
「六不思議、とかいうやつですか」
六郎は先に言った。──正直、オカルトにはあまり興味がない。できることなら断りたいが、と六郎は思っていた。しかし、六郎の思いに反し、彩が言った。
「ううん、それはとりあえず置いといて……。見てほしいものがあるの」
コトリ、と机の上にそれが置かれる。出されたのは空の湯呑みだった。白い陶磁器の外側に、青く色付けがされている。
「これは、なんですか?」
有里紗が尋ねると、彩は少し困ったような顔をして言った。
「それがね、よくわからないの。今日、部室の前に置かれていただけで。誰が置いたのかも、誰の湯呑みなのかも」
彩は六郎と有里紗の顔を交互に見て、続けた。
「これの持ち主、探すの手伝ってくれないかな」