表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
高校生ホームズの推理メモ  作者: るどるふ
序章「名無しのラブレター」
5/20

ありふれたLove Story

 月曜日。六郎はまたも長い長い直線道路を歩いている。朱陽高校まで果てしなく続くこの苦行は、初夏だというのに大量の水分を体から奪う。道路の両脇に等間隔で自動販売機が置かれている。夏場はさぞかし多くの生徒や町の住民が、この自販機を利用することだろう。自販機の関連会社は、この道路を作った公共団体に賄賂でも贈っているんじゃないだろうかという疑念がわいてくる。


 先週と同じ場所で有里紗と合流する。


「おはよう」と六郎が言うと、同じ挨拶を有里紗が返してきた。


「六郎くんが読んだあの本、とっても面白かったよ!」


 有里紗がいきなりそう言ってくる。土曜日に渡した本だが、昨日の日曜日で読み終えたのだろう。六郎としては、面白かったのは犯人を追い詰める最後の部分だけで、事件そのものやトリックについてはあまり惹かれるものがなかったのだが。


「有里紗が貸してくれた本も良かったよ。最後のどんでん返しには気付けなかった」


 有里紗が買った本は叙述ミステリだった。殺人事件はおろか、事件らしい事件も無かったのだが、最後の最後、小説のラストのページでそれまでの世界がすべてひっくり返るようなどんでん返しが用意されていた。思わずページを戻し、最初から再読してしまったほどだ。


 その後も2冊の感想を二人で言い合いながら、気付けば学校に着いていた。


 時刻は6時半。部活動をしていない二人には早すぎる登校時間だったが、二人は躊躇うことなく校舎へ入る。




 まっすぐに向かった先は美術室。ドアをノックし、返事を確認して中に入る。


「えーっと、……芦屋くん、だよね。それに、須賀さんも?」


 有里紗が来ることは事前に伝えていなかった。本当は六郎だけで、とも思ったが、先週転校してきたばかりの六郎一人では心許ない、という理由で有里紗がついてきた。本当はこの事件の顛末をその目で確認したかっただけなのだろう。


 土曜日、一緒に入った喫茶店で有里紗には真相を伝えてある。手紙の差出人は目の前にいる美術教師、小倉だ。


「小倉先生、この封筒に見覚えがありますね」


 六郎は茶封筒を掲げる。小倉は一瞬ハッという表情を浮かべたが、すぐに平静を装った。


「いったい、なんのことかな? そんな封筒に見覚えはないが」


 そうきたか──。六郎としてはここの手紙を使ってどうこう、という気はないのだが、そうあからさまにシラを切られると困ってしまう。彼の傷口が広がっていくだけだ。


「失礼ですが、中身を拝見させていただきました。非常に達筆な文字でした。」


 そう言って、六郎が封筒の中から伝言の書かれたメモを取り出そうとするのを、小倉が遮った。


「ちょっと待ちなさい。封筒ということは中には手紙か何かが入っているんじゃないか?いくら芦屋くんが勝手に中身を見たとはいえ、ここには須賀さんも僕もいる。ここでそれを出すのは、その手紙を書いた人にも宛てられた人にも、失礼なんじゃないかな」


 小倉はそう言った。時間稼ぎのつもりだろう。しかし、六郎は彼の発言を、その中に含まれる彼の犯したミスを聞き逃さなかった。


「小倉先生、どうしてここに本来のこの手紙の受取人がいないと思われたんですか?」

「何を言っているんだ。だって君はさっき……」


 六郎は小倉の発言を遮って言った。


「そう。僕がこの手紙の受取人でないことは、先ほどの僕の発言から分かるでしょう」


 六郎は振り返り、有里紗を見る。有里紗も六郎の目を見て、頷いた。


「ただ、ここには有里紗もいる。小倉先生、どうして有里紗が受取人でないと思われたんですか?」

「それは……」


 小倉は必死に言葉を探すが、六郎の質問に対する答えを見つけることが出来なかった。俯く小倉に対し、少しの間を開けて六郎は再び口を開く。


「この手紙は先週の金曜日、有里紗の机から出てきました。」


 小倉は顔を上げ、信じられないといった表情をつくる。


「あの日は急遽、一時間目に席替えをしたんです。美術室で授業をしたあなたは、それを知らずに有里紗の机を、本来の受取人である二神さんの机だと思って手紙を入れた。六時間目が体育でしたから、その授業中でしょうね。職員室には当然、各教室のスペアキーがあるはずですから」


 小倉は口を開かない。まだ、言い逃れをする余地を探しているようだ。六郎は続ける。


「あなたはメモ用紙を手紙代わりにして、この封筒に入れた。職員室ならば、茶封筒はいくらでもあるでしょうね」


 小倉は何かに気づいたようにハッとした表情を浮かべたが、それを口に出すかどうか迷っている様子だ。代わりに六郎が言う。


「他の先生たちにも、同じことができる、と思っていらっしゃいますね。しかし──」


 六郎は掲げた封筒の中からメモ用紙を取り出す。


「この端のところ、赤い汚れを拭ったあとがあります。朱肉や赤ペンのインクよりも濃い色です。ちょうど、そこにある──」


 六郎は小倉の後ろにある、彼の書きかけの油絵を指差す。描かれているのはテーブルの上に置かれた大きな赤い、林檎。


「あの油絵の林檎の色のように」


 六郎はそう言うと、メモを封筒にしまい、脇にある机の上に置いた。


「小倉先生、僕たちはこの手紙を、本来あるべきところに返したかっただけです。そのためには小倉先生か二神さん、どちらかに認めてもらう必要があった。おそらく二人は少し親密な関係なのでしょう。先週、二神さんが携帯電話を没収され、連絡を取り合うことができなくなった。週末に会う約束をしていたか、二神さんがそう提案したか、それは分かりません。とにかくなんらかの都合で、会うことができなくなったあなたは、それをメモに書いて二神さんの机、であった所にそれを入れた。お二人の関係についても、どうこう言うつもりはありません。ただ、そうであれば二神さんにそれを告げるのは、僕達では少し難しいかなと思い、先生にお返しすることにしました」


 小倉は言葉を次ぐことができずに、俯いている。六郎はその無言を肯定と受け取った。


「僕も有里紗も、この手紙については忘れます。そろそろ他の生徒たちも登校してきますので、これで失礼します」


 六郎は振り返り、有里紗と一緒に美術室を出ていこうとする。その背中に向けて一言、小倉が告げた。


「ありがとう」


 美術室の扉を閉め、教室へ向かう。途中、職員室の前を通ったときに有里紗が言った。


「あ、二神さん」


 見ると、二神さん(六郎の中ではおそらくだが)が折尾教諭から携帯電話を返してもらっているところだった。反省の言葉も軽々に、携帯電話を受け取った彼女は、走ってどこかへ行ってしまった。小倉教諭に連絡をするのだろうか。また没収されなければいいが、と六郎は思う。




 授業が終わって帰り道。またも六郎は有里紗と肩を並べて歩く。先日もらった脅迫状については考えないことにした。


 有里紗が六郎の数歩前を歩いている。二つに結んだ後ろ髪がぴょんぴょんと跳ねている。有里紗は振り返らずに言った。


「わたしも、恋愛してみようかなぁ」


 六郎の鼓動が早くなる。歩みを早め、六郎は有里紗の横に並ぶ。


「誰か、めぼしい奴はいるのか?」


 六郎がそう言うと有里紗はいたずらに微笑んだ。大きな瞳が夕日を受け、いつにも増してキラキラとしている。


「冗談だよ、冗談」


 有里紗は顔の前で手を振りながら笑う。六郎はほっとしたような、残念なような、何とも言えない気持ちになった。


「シャーロッ君といるほうが楽しいしね」


 有里紗はそう言うと、また数歩、六郎の前に出た。


 長い長い直線道路。帰り道のアスファルトを照らす夕陽。


 それ以上に紅く染まった有里紗の顔は、後ろを歩く六郎には見えなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ