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高校生ホームズの推理メモ  作者: るどるふ
序章「名無しのラブレター」
3/20

手紙

 有里紗の持ってきた差出人不明のラブレター。茶封筒に収められたメモ用紙に達筆な文字で書かれたそれは、ラブレターというよりは恋人同士の伝言のようにも見えた。


『ごめん、週末は会えそうにない。また来週、あれがかえってきたら話そう。』


 帰り道、六郎は再び有里紗と肩を並べて歩いていた。話題は当然、手紙のことだ。有里紗に心当たりがないなら、いっそ落し物として処理してもいいんじゃないかとも思ったが、どうやら有里紗にはそういうつもりは無いらしい。


「きっとこの手紙の人も、たくさん考えてこれを書いたんじゃないかな。それを落し物で先生たちに渡しちゃったりしたら、いい思いはしないと思うんだ。できれば、私たちで差出人に返してあげるか、本当に受け取るはずだった人に渡してあげたい。ダメかな?」


 有里紗はこの二日間、まったく見せなかった弱気な態度で六郎にそう尋ねた。妙な因果で仲良くなった二人だったが、こう尋ねられて首を横に振ることができるほど、六郎は冷めた人間ではなかった。


「いいよ、出来るところまでやってみよう」


 六郎がそう言うと、有里紗は大きな瞳をキラキラと輝かせた。やはり有里紗にはこの表情が似合う、と六郎は口に出さずにそう思った。


「一番引っかかるのはやっぱり『あれ』だよね」


 有里紗はメモの『あれ』の部分を指差しながら言う。


「何か分かることはあるかい、シャーロッ君?」

「まずその呼び方をやめてくれ」


 六郎はいたずらに微笑む有里紗にむけて言う。


「文面が短すぎるからなんとも言えないな……。モノかもしれないし生物かもしれない。もし人間だった場合、仲が悪いか嫌っているか、どちらにしても『あれ』に対していい印象は持ってないんじゃないかな」


 有里紗が黙って頷いているので六郎は続けた。


「他の部分からだと、差出人と本来この手紙を受け取るはずだった人間はある程度親しく、週末に会う約束をしていたか、受け取るはずだったほうが会いたいと告げていたかだろう。」


 なるほど、と有里紗が口に出した。六郎は続ける。


「さらに、『あれ』がかえってくる来週までは話せない、ということは普段は手紙のやり取りではなく、会話をしているとも取れる。返事を期待してる文には取れないし」


 現時点で六郎が気づいたのはそのくらいだ。ほとんど口をつぐんでいる有里紗は何を思っているのだろう。


「どうした?」


 六郎が尋ねると、有里紗はパッと顔を上げて言った。


「すごいよ、六郎くん。これだけの文でそこまで推理ができるなんて!」

「いや、そんなことは……」


 考えたことを言うだけ言ってみたが、結局差出人が誰なのか、誰にあてられたものなのかは見当もつかない。そういう意味では役に立たない推理だといえる。

 

 隣で有里紗が、さっすが平成のホームズと言っているのは聞こえないふりをする。


「なぁ、この手紙、一日預かってもいいか?」


 有里紗の自宅、須賀書店が近づいてきた。帰りながらの時間では、結論を出すには短すぎる。明日は土曜日。手紙の『来週』が最速で月曜日を指すなら期限はそんなに長くない。


 有里紗は六郎の申し出を快諾してくれた。明日、昼頃に有里紗の家に行くと約束をして、二人は別れた。




 六郎は自宅アパート鍵を開け、中に入る。母親は今日も遅くまで仕事だろう。自分の部屋に入り、ベッドの上にかばんを置く。椅子に座り、有里紗から預かった手紙を見る。


 ──しかし、なんで茶封筒なんだ?

 有里紗はメモの内容から、手紙の主を推理しようとしていた。しかし、やはりあの文量では限界がある。内容以外から分かることはないだろうか、そう思い六郎は茶封筒を眺める。


 仲の良い者同士の伝言なら、口頭で伝えるかメモだけでもいいはずだ。わざわざそれを封筒に入れるのは、その内容が間違っても人に見られたくないものだからだろう。


 六郎はその二人の人物像をイメージする。隠れて付き合っている男女、クラスや学年の違う仲の良い友達──?やはり封筒からの情報ではここで行き詰る。別の見方が必要なようだ。六郎は一旦封筒から意識を離すことにした。


 ──手紙の主はいつ有里紗の机にこれを入れたんだ?


 有里紗が手紙を発見したのは6限が終わったあと、ホームルームの前だそうだ。手紙を入れる瞬間を有里紗は見ていない。当然六郎も見ていない。ということは、机に対する空白の時間が存在するはず。いわば、机のアリバイだ。なにか変わったことは無かっただろうか。六郎は今日一日の学校での生活を振り返る。


 朝のホームルームが終わり、クラス担任で数学担当の折尾教諭は、1時間目が数学だったこともあり、休憩時間もずっと教室にいた。四十歳手前の折尾は気さくな性格で、生徒からの信頼も厚いようだった。教卓の周りにいる生徒が折尾を取り囲み、話をしていたの。時折、楽しそうな笑い声も聞こえていた。


 六郎の転入が決まり、三者面談を行った際に折尾と話したことを思い出す。

「うちのクラスは気さくな子たちが多いから、芦屋くんもすぐに仲良くなれると思うよ」

 その折尾の言葉は嘘ではなかった。すぐに気さくな有里紗と仲良くなれた。敵も作ってしまったようだが、今は考えないようにする。とにかく、手紙だ。


 折尾はそのまま授業に入ったが、本来50分の授業は30分程度で内容を終えた。どうするのかと思えば、唐突に席替えをすると言い出した。転校生も来たことだし気分転換だな、と告げる折尾は予め用意していたらしい席替え用のくじを生徒たちに引かせ始めた。


 くじびきの結果、六郎は窓側の一番後ろ、という特等席。有里紗は六郎の隣になった。休み時間は大抵二人で話をしていたので、そのときに手紙を入れることは不可能に思える。


 二時間目は美術。美術室に移動しての授業だったが、朱陽高校では移動教室の際は必ず教室に鍵をかける。鍵は学級委員が持ち歩くようになっており、基本的に教室への侵入は出来ない。美術の授業担当は小倉教諭。二十代後半のまだ若い小倉は自由奔放な性格のようで、教室にある好きなものを選んでデッサンするという課題を与え、自分は書きかけの油絵に色を加えていた。


 三時間目は英語。担当の西川教諭は三十代半ばと思しき女性で、自分が若い頃に経験したアメリカ放浪記を話す時だけ非常に生き生きとするのが印象的だった。もっとも、周りの生徒は何度も聞いている話のようで、また始まったか……という空気が教室を満たしていた。


 四時間目は世界史。担当は高田教諭。参考書を読み上げるような口調で、淡々と宗教改革の流れを話していた。白髪交じりで定年手前に見えたが、教科書も何も持たずにライプツィヒ討論から騎士戦争までの流れを説明する教師としての力量は確かそうだ。


 昼食を食べ、昼休み。隣の有里紗と話をして過ごした。


 五時間目は化学。実験ではなかったので授業は教室で行われた。三隅教諭はどうみても二十代半ばに見えたが、有里紗から「実はあの先生、もうすぐ四十歳なんだよ」と言われて驚いた。これが美魔女というものか。有里紗いわく、実験室で若返りの秘薬の合成をしているという都市伝説ならぬ学校伝説があるらしい。


 六時間目は体育。女子は体育館でバレー、男子は校庭でサッカーだった。男子、女子ともにそれぞれ更衣室で着替えるため、教室には再度鍵がかけられた。


 この後がホームルーム。やはり手紙を入れたのは五時間目の終了後からホームルームの前までの時間だろう。


 しかし、教室には鍵がかけられていた。学級委員が鍵を開けてから、有里紗が帰ってくるまでの時間に手紙を急いで入れるのは不可能だ。なぜなら、有里紗が学級委員だからだ。いくらなんでも、鍵を開けた有里紗の横をダッシュで駆け抜け、何食わぬ顔で有里紗の机に手紙を入れるというのは無理な芸当だろう。では、どうやって──。


 またも推理が行き詰まる。六郎は思考の先を変えるため、メモに目を落とす。


 ──ん? これは……汚れ?


 達筆な文字で記された伝言、その横にあるモノに六郎は初めて気づいた。メモの端、親指くらいのサイズの赤い汚れが薄っすらと付いている。朱肉のついた手で触ったような、そんな汚れが──。


「はぁ、なるほど」


 すぐに六郎は有里紗に連絡しようとした。携帯を持たない有里紗は家の電話番号を六郎に伝えていた。しかし、部屋の時計が目に入り、六郎は動きを止める。時計の針は十二時を回っていた。家に帰ってきたのは六時前だったはずだ。そんなに長く、手紙に没頭していたのか──六郎は自分の集中力に驚いた。


 有里紗に手紙のことを伝えるのは明日でいいだろう。お腹も空いている。流石に母親も帰ってきているはずだ。そう思い、六郎は部屋を出る。


 遅い夕飯を食べ終え、ベッドに横になる。かばんから文庫本を取り出し、朝読みかけていたページを開く。


 明日、有里紗に会うまでに読み終わっているだろうか。六郎はひとつの推理が終わった爽快感とともに、新しい謎の世界へとその身を投じた。

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