四、来訪者の迎え方
「楠木ゆりっていうのはあなたね?」
昼休み。一年生の教室でありながら何故か我が物顔の三年生が一人、その三年生に半ば引きづられるように連れて来られた二年生が二人。
唐突な乱入者に教室内の一年生の視線は集まってはぶつかり、また集まってはぶつかりを繰り返した。視線が矢であれば既に数十本はいいのをもらっているはすだ。
六郎は肩身の狭さとやるせなさを感じながら、まるで自分の今居る場所が自分のいるべき場所だと確信しているような、そんな立ち振る舞いの彩を、半ば羨望の眼差しで、半ば絶望の思いで眺めていた。
集まった視線の中央にいるのは楠木ゆり。目下部員大募集中のミステリー研究会の部室に落ちていた、白紙の入部届を書いたその人である。
白紙なのに書いたという表現は正しいのだろうか、と六郎は思うが、今はそれを気にしているところではない。
彩は楠木ゆりの席の前に立って、その本人から視線をそらさないでいる。
「しらばっくれても無駄よ。わたしには分かっているわ」
さながら大岡越前のような貫禄を醸し出しながら、さらに威圧した態度を取る。周りの一年生たちもただならぬ気配を感じ取ったのか、昼休みという束の間の休息の時間を奪われたことも忘れた様子で、事の行く末を見守っていた。
楠木ゆりは、一言で言えば可愛らしい一年生だった。活発そうな顔立ちにポニーテールの髪の毛がよく似合っている。まだまだ中学生らしさの抜けない小顔に整った鼻立ち、大き目の二重の瞳。夏の青空が似合いそうな少女だった。
「この入部届をミス研の部室に入れたのはあなたね?」
白紙の、今は鉛筆で擦ったせいでほぼ真っ黒だが、入部届をゆりの目の前に出す。ゆりはハッとした表情を浮かべた。驚きというよりは、自分の目の前に仁王立ちする三年生が、何故そうしているのかようやく分かった、という表情だ。彩は更に畳み掛ける。
「いいえ、駄目よ。この入部届が私の手元にある以上、あなたの入部は正式に受理されたの。あなたを煮るのも焼くのも、わたしの思いのままなんだから」
彩がとんでもないことを言いはじめ、六郎は焦った。この人はこんな人だっただろうか。部員を集めなければ廃部、という背水が、彩を変質させているような気がした。周囲も、穏やかではない物言いにざわざわとしはじめる。
「大丈夫、わたしはそんなことはしないわ。あなたが本意から入部したいと思っているなら、ね」
事ここに至って、六郎は予感を確信に変えた。
彩が、この上なく、勧誘が下手だということ。もはや疑う余地など一片も無い程に。
周囲からも失笑の様子がうかがえる。彩に任せて混沌へ誘われるくらいなら、自分が代わりに、と思ったところで、周囲の様子がおかしいことに気づいた。
「あの先輩、やっちまったな」
「あぁ、あれはマズイ……」
遠巻きに見ていた一年生、ゆりのクラスメイトがそう話すのが聞こえた。六郎は気になってその主たちに尋ねる。
「君ら、マズイって、何が?」
一年生たちは陰口を聞かれたように一瞬の警戒を見せたが、六郎がただ尋ねているだけだとわかると、再び口を開いた。
「えっと……あいつ、楠木は、少し変わっていて……」
「お姉様!!」
一年生が言い終わらないうちに、ゆりが初めて口を開いた。その口からは、現状にも、現代にもミスマッチな敬称が飛び出していた。
「お姉様と呼ばせてください!そのキリッとした目付き、有無を言わさぬその威圧感、しかしながらそこからにじみ出る包容力と妖艶さは、やはり豊満な胸の大きさからくるのでしょうか。いえ失礼しました。わたしは今、ここにお姉様の忠臣となることを誓います。たいへん不躾な質問で恐縮なのですがお姉様のお名前を頂戴してもよろしいですか?」
席から立ち上がりながら一息にそれだけ言い切ると、ゆりは彩の両手をとって顔を近づける。彩はいきなりのことに面食らいながらも、その手を払いのけることはしなかった。
「わたしは、辻戸彩。忠臣も妹もいらないけど、部員になるなら考えましょう」
「わかりました! 彩お姉様!」
六郎があまりの出来事に絶句していると、先ほど声をかけた一年生の二人組が、どちらともなく言った。
「つまり、ああいうことです」
返事はできなかったが、代わりにため息がひとつ、出た。




