学園六不思議考案事件 補
六不思議に関する調査が終了した翌日。六郎は高橋教諭に呼び出された。放課後、有里紗と一緒に職員室まで来るように、と。
帰りのホームルームが終わり、六郎は有里紗を連れて職員室へ向かっていた。
「六郎くん、高橋先生は何の用事なんだろうね?」
「さあな……七つ目の不思議でも考えてくれたとかかな?」
ミス研部長の彩から依頼された、七つ目の不思議を考えること。高橋先生に新たな都市伝説を考えてもらえないか、という彩の思いつき。六郎は一応その旨を高橋教諭に伝えていた。しかし──。
「でも、六不思議って高橋先生にとって大事なものなんでしょ? お兄ちゃんも関わってくるみたいだけど、六郎くんが教えてくれないから……」
有里紗の恨み節が負のオーラとなって襲いかかってくる。高橋教諭が学生時代に有里紗の兄、須賀恭弥に対して恋心を抱いていたこと、その想いを六不思議という暗号を使って伝えていたことは、有里紗には話していない。
有里紗は自分が蚊帳の外にいることに対し不満を感じているようだ。いずれ話すこともあるかもしれないな、と六郎は思う。高橋教諭と恭弥が再会し、何事かが始まったときには。
職員室に入り、高橋教諭の元へ向かう。高橋教諭は笑顔で六郎たちを迎えてくれた。初めに感じていた取っ付きづらさはどこにも無い。普段からこうであれば、もっと生徒にも人気が出るだろうな、と六郎は思った。
「これ、頼まれていたものを作ってみたわ。はい、須賀さん」
高橋教諭はそう言って、一枚のノートを六郎にではなく、有里紗に手渡す。
「あ、ほんとに考えてくれたんですか?」
有里紗が嬉しそうな声で言う。ノートには、一応と思いながらも依頼した、七つ目の不思議が書かれていた。
『零、ベクトルの矛先 ある夜、生徒たちが学校に忍び込み、肝試しをしていた。職員室の前を通りかかったとき、金属製のものを落とす音が聞こえた。驚いて振り替えると、首に矢が刺さった血塗れの男が、その矢を抜いて矛先をこちらに向けてくる。生徒たちは廊下を走って逃げ出すが、後ろから飛んで来た矢に、串刺しにされてしまう』
「すごい! 高橋先生はこういうセンスがありますね! ……でも、なんで七じゃなくて、零なんですか?」
「やっぱり六不思議は六のまま、残して欲しいって思ってね。どうしたらいいかなと思って、ゼロ番目に加えることにしたの。どうかな、六郎くん」
今まで芦屋くん、と呼んでいたところを六郎くんと言い換えなくても、高橋教諭の意図するところは、六郎には伝わっていた。
「仲が良いって羨ましいわね。私みたいに後悔しないようにね」
「俺は……そんなんじゃ……」
六郎は言葉に詰まった。
高橋教諭が考案した零番目の都市伝説。最初の名詞は、ベクトル。わざわざ高校二年生の数学から取ってきたのはヒントのつもりだろうか。辞書を引かなくても分かる。ベクトル英語表記でvectorだ。
頭文字を取って、七つ目ではなく零番目、つまり一番目の左側にVをくっつけると、高橋教諭が考えた新たな暗号が浮かび上がる。
『Ⅵ LOVE U』
VとIを足してⅥ(ろく)を作ったわけだ。Ⅵは当然六郎を指している。それを有里紗に渡した、ということだ。
高橋教諭は、後悔と言った。想いを伝えきれずにいたことを悔やんでいる、と。
六郎は思う。まだ遅くはない。それを悔やんでいるのなら、今からでも行動をすべきだ。九年の月日が流れても、これからの未来は変えていける。そう思うのは、自分がまだ子供だからだろうか──。
九年という月日が、人間を慎重に、臆病にさせるのだろうか。いつか今の高橋教諭を思い出し、納得する大人に自分もなっていくのだろうか。
「そうだ、高橋先生。私からも渡すものがあるんです」
有里紗が、言いながら一枚の封筒を高橋教諭に差し出す。飾りの無い、味気ない茶封筒だが、それを見た高橋教諭は九年の年月を遡ったかのように生き生きとした表情を浮かべた。
封筒には、あの見た目からは想像もつかないほど達筆な文字で、こう書かれていた。
『同窓会のお知らせ 須賀恭弥より』




