学園六不思議考案事件 結
朱陽高校の六不思議。考案者をめぐる謎に、決着がついた。
考案者は高橋加奈子。それを依頼したのが須賀恭弥。発端となった人間たちはあまりにも近くにいた。一人は朱陽高校の教諭、もう一人は有里紗の兄だった。
その依頼人の妹である有里紗が言った。
「でも高橋先生は知らないって……。あれは嘘だったの?」
「いや、高橋先生は嘘はついていない。意図的に情報を伏せてはいたけどね」
「どういうこと?」
高橋先生の発言。そして、卒業者名簿に高橋加奈子の名前がないという事実。日記帳に書かれた、残された時間が無い、という内容。その全てに対する解答は、おそらくこれしかない。
「まず、高橋先生は、知らないとは言っていない。」
「え……でも……」
「高橋先生は正確には『自分がこの高校にいたときには、まだ六不思議は広まってなかった』と言ったんだ」
「それは……どういうこと?」
有里紗は未だ、状況が飲み込めずにいるらしい。六郎は、恭弥に確認する。
「高橋先生は、恭弥さんの同級生だった高橋加奈子さんは、転校したんですね? 三年生の、秋頃に」
「ああ、急な話だったな。六不思議を考えてもらって、文化祭で発表する準備をしている頃だったか、何も告げずに転校していったよ」
何も告げずに、ではない──と六郎は思った。高橋先生は、確かに想いを告げた。かなり回りくどい方法で。
「最後の質問ですが、恭弥さん。今、付き合っている女性はいますか?」
「あん? なんだそれ?」
恭弥の殺気が蘇る。有里紗が面白がって言う。
「お兄ちゃんに彼女……ちょっと考えられないね」
まぁ、妹が友達といるくらいで殺意の波動を漲らせるほどのシスコン具合だ。難しいだろうな──と六郎は思った。
恭弥は「うるせぇよ……」と言いながらそっぽを向く。そして、思い出したように六郎に言った。
「お前も、ほとんど初対面の相手にそんなこと聞くもんじゃねぇぞ」
同じようなセリフを昼に言われたのを思い出す。似た者同士なのかな──と六郎は思ったが、口には出さなかった。
翌日の放課後──。
「まさか高橋先生が六不思議の考案者だったなんてね」
ミス研の部室。六郎と有里紗は、彩と真志に一連の真相を伝えた。彩はなるほど、と何度も頷いていたが、真志は真相が分かるなり、推理小説を開いて読書を始めた。初日にそうしていたように、他のことには一切興味がないといった感じで。
「これは、高橋先生に返したほうがいいのかな?」
有里紗が赤い日記帳を指して言った。
「そうね、高橋先生はまだ職員室にいるだろうし、みんなで行ってみる?」
彩がそう提案した。六郎がそれを止める。
「いえ、今から俺と有里紗で行ってきます。あんまり大勢で昔の話を蒸し返すのもなんですし」
「そう? じゃああとで報告してね。あと、出来ればなんだけど……」
彩が更に提案する。
「七つ目の不思議は、高橋先生に考えてもらえないかな? 六不思議の考案者が、新たに都市伝説を加えて、七不思議が完成する。それをミス研が大々的に発表すれば、部員増間違いなしよ」
彩は考案者探しに夢中になりすぎて、肝心の日記の内容をすっかり忘れているのだろう。高橋教諭は意図的に、都市伝説を六つに設定したのだ。自身の想いを伝えるために。
「はぁ……一応聞いてみます」
六郎は気のない返事をし、有里紗と職員室へ向かった。
「あら、芦屋くんと須賀さん。まだ六不思議の調査かしら?」
高橋教諭は前日と同じように、生真面目さ全 開といった見た目だ。六郎は「いえ」と答えて手に持っていた日記帳を見せる。
「今日は、これをお返しに来ました。高橋先生のもの、ですよね?」
高橋教諭は日記帳を見た瞬間、「え?」と声を上げた。一瞬、なにか思案する表情を浮かべ、「そう……」と付け加えて続ける。
「バレちゃったのね……。それとも、知っていたの?」
「いえ、昨日の昼までは、まさか先生が考案者とは思ってもいませんでした」
六郎は、昨日からの経緯を簡単に伝える。
「よくそれだけの情報で……。芦屋くんって探偵志望?」
そういうのに食いつく奴がすぐ後ろにいるんで辞めてください──と六郎は思う。後ろを見るとニヤリとした有里紗と目が合う。
「シャーロッ君ですから」
有里紗が言う。それはもういい──と思ったが、高橋教諭は少し考え、「あぁ」と声を上げた。
「あしやろくろう、でシャーロックね。面白いこと考えるわね」
この一瞬でそこまで思いつく高橋教諭の方が探偵なんじゃないか、と六郎は思ったが話が逸れそうなので口には出さない。強引に話を戻す。
「とにかく、これはお返しします。それからもう一つ。有里紗の兄、須賀恭弥さんですが……」
高橋教諭は久々に聞いた恭弥の名前に、目を丸くした。まさかそこまで、といった顔をする。
「いま、彼女はいないそうです」
六郎が言った。高橋教諭は「はぁ……」と溜息とも感嘆ともつかない声を上げる。
「よくそこまで……。あの人も気付いてくれなかったのに……」
そう言う高橋教諭は、恥ずかしそうな懐かしそうな、普段の印象とは全く違う表情を浮かべた。
後ろで有里紗が、「え、どういうこと?」と気にしている。
日記帳の記述から、六不思議はその順番が大切だということが分かっていた。都市伝説の内容よりも、その頭についている名詞の順番の方に大きな意味がある。百葉箱、理科室、オクラホマ、教頭に入学式、大学。
その六つは日本語のままでは意味を成さない。六郎はふと思い立ち、須賀書店にあった和英辞典で、それぞれを英語に直してみた。
百葉箱はinstrument shelter、理科室がlaboratory、そのままOklahoma、vice-principal、entrance ceremony、universityと続く。百葉箱の代案として書かれ、没になっていた技術室はindustrial arts roomだ。百葉箱との共通点は、頭文字──。
それぞれの頭文字を取って、その順番の通りに並べると、高橋教諭が恭弥に伝えたかったメッセージが見えてくる。
『I LOVE U』
高橋教諭は恭弥のことが好きだった。想いを伝えることができずに悩んでいた。そんなときに、自分の転校が決まる。
最後に想いを伝えたい。しかし、直接それを伝えることはできない。そこに、恭弥が都市伝説の考案を依頼した。高橋教諭はこれを使って、自分の想いを告げたのだ。とても回りくどく、伝わるかどうかも定かではない方法で。
残念ながら、恭弥にはそれは伝わらなかった。そして今、卒業から九年の年月を経て、六郎がその暗号を解読した。
そこに意味はないのかもしれない。今更何が起きるものでもないのかもしれない。
しかし、目の前の高橋教諭は、その事実を受け止めたしかに、笑った。今までに見たことのない、やわらかな、幼気な笑みを浮かべ、「ありがとう」と六郎に言った。小さな、少し震えた声で。




