学園六不思議考案事件 転
九年前の卒業者名簿と文集。そこにあるはずの高橋教諭の名前と写真が無い。その意味することを、六郎は考えた。
「有里紗、高橋先生と桜田先生の誕生日は分かるか?」
「えっと、日付までは分からないけど、二人とも五月だったはずだよ」
誕生日が来てなければ、卒業年がずれるが、そういうことでもないようだ。では何故──?
朱陽高校六不思議、その考案の歴史をめぐる調査は大詰めを迎えていた。文集を見ると、六不思議が作られた年の盛り上がりは相当なものだった。それについて書かれていないページの方が少ないと思えるくらいに。
考案者はすでにこの世にいないかもしれない。そう言ったのは彩だ。考案者のものと思われる日記帳には、自分には残された時間が少ない、卒業を想い人と一緒に迎えられない、と書かれていた。
もし本当にそうだとすれば、考案者本人は卒業者名簿にも、文集にも載っていないはずだ。しかし──。
「高橋先生が載っていないのはどういうこと?」
有里紗が言った。真志が自信なさげに返す。
「考えられるのは、高橋先生が歳を誤魔化しているってことかな。本当は三十歳だとか」
有里紗と彩が「あぁ」と声を上げた。たしかにその可能性はある。そうだとすれば、高橋教諭の卒業は九年以上前──。六不思議がられた年よりも前に卒業していれば、接点は無くなる。
捜査が、その先の思考が行き詰まる。六郎は、文集のページをめくる。転換が必要だ。何か、別の角度からの接近が──。そう思いながら、ふと、めくっていた文集のある部分に目が止まった。
各部活動の紹介ページ、そこに書かれた、ある名前に──。
「さて、これからどうしようか」
彩が全員に聞く。行方の分からなくなった船の舵を、どうとっていいのか思案にくれているようだ。
「教頭先生に聞きに行ってみる?」
有里紗が提案した。九年前に何があったのか、それを尋ねてみよう、と。その提案をを真志が否定する。
「いや、それは無理だな。この卒業者名簿を見て。最初のページに職員一同の写真が載ってる。ここに載ってる教頭先生は、今の人とは別人だよ」
無言の時間が流れる。図書室からは一人、また一人と生徒が減っていく。窓の外には日没を待つだけの夕陽が佇んでいる。
「九年前、六不思議が作られたということ以外は何も分からなかったわね」
彩の言葉をきっかけに、その日は解散となった。一旦ミス研の部室へ戻る彩と真志に別れを告げ、六郎と有里紗は学校を出る。
「吉田くんも考案者探しに乗り気みたいだね」
有里紗が言った。六郎は無言で歩き続ける。
「あ、でも六郎くんの提案のお陰で、六不思議が作られた年まで分かったんだから、あと一歩だよ」
六郎はなおも無言だ。有里紗が心配そうな顔で覗き込む。
「どうしたの、六郎くん?」
六郎は立ち止まり、意を決したように言った。
「なぁ、今から有里紗の家に行っていいか?」
「え? えっと……うん、いいよ」
突然の申し出に、有里紗がすこし赤面する。それに気付かず、六郎は続けた。
「ちょっと立ち読みさせてくれ」
「え?」
須賀書店──。
初めて訪れた日には真っ直ぐにミステリコーナーへ向かったが、今日の目的は別にあった。スタスタと参考書コーナーへ向かう。
「ねえ、六郎くん。辞書なんか読んでどうしたの?」
有里紗が横から覗いてくる。六郎が手にしているのは和英辞典。いくつかの項目を、素早く調べていく。
パタン、と六郎は辞書を閉じる。同時に、背後に殺気を感じた。
「……おい、またお前か」
殺気や苛立ちを隠そうともしない店員がそこにいた。六郎は店員の胸元につけられたネームプレートを見る。
須賀恭弥。遺伝子のいたずらにより誕生した、有里紗とは似ても似つかないザ・シスコンモンスターだ。二メートル弱の高身長から、六郎を睨みつけてくる。確実に、敵と認識されているな──と六郎は思った。
「お兄ちゃん、失礼なこと言っちゃダメだよ」
有里紗が牽制する。が、一向に殺気は収まらない。
「いらっしゃいませぇ……」
こんなに悪意に満ちたいらっしゃいませも無いだろう、というような挨拶をされた。
「こんにちは、有里紗のクラスメイトの芦屋です。ちょっと聞きたいことがあるんですが、いいですか?」
六郎はいきなり本題を切り出した。
「あん? 聞きたいこと?」
いきなり話を振られて、若干だが殺気が収まったような気がする。
「六郎くん、どういうこと?」
有里紗が尋ねてくる。有里紗が六郎に話しかけるたび、恭弥の眉間にシワが寄る。
「恭弥さんは、おいくつですか?」
「二十六だ」
「誕生日は?」
「十二月だが、それがどうした?」
有里紗が「あっ」と声を上げる。どうやら正解のようだ。
「あなたは、朱陽高校の九年前の卒業生、ですね?」
「そうだけと、それがなんだ?」
灯台もと暗し、今の有里紗に一番ぴったりくる言葉だろう。九年前の卒業生という手がかりが、一番身近にいたのだ。
「朱陽高校の六不思議を、ご存知ですね?」
六不思議、という言葉を聞いた瞬間、恭弥の顔がフッと明るくなった。ここで、こんな相手から、そんな言葉を聞くとは思わなかった、というように。
「あなたが三年生の時に、六不思議が作られ、生徒に発表された。問題はその方法です。おそらく考案されたのは九月以降。そこから卒業までの間で、六不思議は、爆発的に知名度を上げたはずです」
日記帳の日付、そして卒業文集の盛り上がり。さらには三年生のみならず、翌年の入学生である桜田教諭のまで、上級生経由で教えられた、ということは、考案から長くとも半年の間で、生徒の間に六不思議が浸透したことになる。
「その方法を考えてみました。生徒間の口コミで、そこまで拡散するとは思いにくい。であれば、残された方法は……」
「新聞だよ」
恭弥が六郎の推理を遮り、言った。六郎の推理は的中していた。
「あの年の文化祭で、新聞部が六不思議の特集をした。校舎の色々なところに掲示を貼って、号外も作った。これが意外にウケて、文化祭の後もしばらくは六不思議の話題で持ちきりだったよ」
「えーっと、てことは……」
有里紗が考えを口にする。
「もう一回、卒業名簿を見て、新聞部の人たちを調べれば分かるのかな?」
「その必要はないよ、有里紗」
どうして? といった顔で有里紗が首を傾げる。
「その代の新聞部の部長が、目の前にいるからね」
「え? もしかして、お兄ちゃんが?」
有里紗がゆっくりと恭弥を見る。恭弥は落ち着いた動作で頷いた。
夕方、六郎が最後に目にした文集のページ。そこには、各部活動の部長のコラムが掲載されていた。そこで目にした、須賀恭弥、という名前。
それだけでは同姓の他人とも取れたが、そこに書かれたコラムには『ビッグな本屋になる!』と書かれていた。今のところ須賀書店自体は小さいが、体格だけは確かにビッグな本屋だな、と思ったことは口には出さないでおこう。
ついに辿り着いた。六不思議の出発点、その片鱗まで手を伸ばすことができた。あとは──。
「高橋加奈子さんとはお知り合いですか?」
六郎は恭弥に尋ねた。恭弥は何かを思い出すような、数年前を懐かしむような表情を浮かべる。そして、言った。
「懐かしいな……。高橋加奈子、知ってるがあいつがうかしたのか?」
有里紗が堪えきれずに割って入る。
「いま、うちの学校の先生だよ。知り合いだったの?」
「あいつ、教師になったのか……。いや、同窓会とか全く行ってなかったからな。知らなかった」
六郎は二人の掛け合いを眺めながら、最後の確認のために口を開く。
「ところで恭弥さん。俺の考えが正しければ、高橋先生が六不思議の考案者、で間違いありませんか?」
不意をつかれた有里紗は「えっ?」という表情を浮かべ、六郎と恭弥を交互に見る。
「ああ、そうだ。六不思議はあいつが考えた。俺が頼んだんだよ。文化祭の出し物として、都市伝説の考案を──」




