学園六不思議考案事件 急
朱陽高校六不思議の四番目、教頭室の秘宝。教頭室の奥の隠し金庫には殺された生徒たちが詰め込まれている……という、教頭に対して失礼極まりない都市伝説。六郎は有里紗、それに彩と真志を連れて、件の教頭室へ行こう、と提案した。しかし──
「えっと……六郎くん。うちの学校には教頭室は無いんだよ」
有里紗が「言ってなかったかな」と付け加える。
「そうなのか?」
六郎は初めて登場した情報に少し驚いた。
「ちなみに、百葉箱も無いわよ」
「昔は知らないけど、体育祭のフォークダンスもオクラホマミキサーじゃない」
彩と真志が次いで教えてくれた。ということは、六不思議のうちの幾つかは、この高校に存在しないモチーフが使われているということか。しかし、なぜ──と六郎は考える。
六不思議考案者のものとされる日記帳からは、百葉箱や教頭室という名詞を先に登場させ、あとから謎を肉付けしていったように読み取れた。しかも、日記の持ち主は、好きな人に想いを告げるためのものだと記していた。ということは──。
──あえて、この学校に存在しない、それらの名詞を使う必要があったということか。謎の内容ではなく、六つのタイトル、その名詞部分だけが意味を持つ。そして、あの六つに着けられた順番──。
百葉箱、理科室、オクラホマミキサー、教頭室、入学式、大学ノート。そして、百葉箱と並べて書かれ、あとからバツ印で消された、技術室──。六郎の頭の中で、これらの言葉が飛び交い、ぶつかり合い、弾け合う。
「──くん、六郎くん!」
気付くと、有里紗の顔が目の前にあった。必死に肩を叩いている。若干痛い。
「どうした?」
「どうした、じゃないよ。何を言っても上の空だったから、心配したよ。大丈夫?」
それほど集中していたのだろうか。残念ながら、繋がりかけていた点と点は、線としては繋がることはなかった。
「ああ、ごめん。大丈夫だ」
「それで、芦屋くん。教頭室は無いが、教頭先生に何かあるのか?」
彩が先ほどの六郎の発言に対して尋ねてくる。
「校長先生や教頭先生は他の先生に比べて任期、と言うか在任期間が長いことが多いんです。だから、八年前の卒業生でも──」
言いながら、六郎の頭に新たな案が浮かんでくる。
「そうだ、その前に──図書室?」
「図書室がどうかしたの?」
今度は有里紗が尋ねてくる。
「卒業生の名簿とか、過去の文集みたいなものは、大抵図書室に保管されている。八年前の卒業生によって作られたなら、その名簿の中に考案者がいるはずだ。文集なんかもあれば、ヒントになるかもしれない」
まだ陽は高い位置にある。校庭からは、運動部の生徒たちの声が聞こえてくる。時間は十分にあるはずだ。
「先に図書室に行って調べてみよう」
「幽霊探し……ね」
彩の言葉に、六郎はハッとした。そうだ、この六不思議の考案者は、すでにこの世にいない可能性もあるのだ。
「それならなおのこと、文集なんかにはそれが書いてあるんじゃないのかな。むしろ探しやすいはずだよ」
真志が言った。そうだ、今の目的は考案者を調べ、六不思議の調査をすることだ。考案者の消息が曖昧なことは最初から分かっていたことだ。今は、目的を達することが優先だ。
「よし、図書室に行ってみよう」
彩の号令を合図に全員が立ち上がった。
図書室──。
「あったよ、卒業者名簿」
有里紗が素早く目当てのものを探し当てる。このあたりは本屋の娘の本領発揮ということだろうか。
「えっと、八年前なら……これだね。えっと……各クラスの名簿と、個人写真が載ってるよ」
「寄せ書きとか、自由に書けるページなんかは無いみたいね」
有里紗と彩がパラパラとページをめくる。六郎はその間も、本棚を物色していた。
「あった?」
真志が聞いてくる。どうやら、目当てのものは同じらしい。
「いや、まだ見つかって──ん?」
卒業者名簿の棚の隣、雑然と並べられたそれは、六郎と真志が探していた目当てのものだった。
「あった、卒業文集だ」
六郎は八年前の文集を取り上げる。名簿には真面目な内容しか書かれていないが、文集であればある程度生徒の裁量で内容を決めることができる。こっちの方がヒントが多いはずだ。
六郎は文集を開く。六不思議、という名前が何処かに出ていないか。十年弱も語り継がれるような都市伝説が作られた年であれば、その年の卒業文集になにか書かれていてもいいはずだ。六郎がパラパラと文集のページをめくる。その間も、有里紗と彩は名簿の方をずっと眺めている。
ふと、六郎の頭にある違和感が浮かんだ。何かを見落としているような──何か、根本的なことを。六郎は文集のページをめくるのを止める。そして考えた。この違和感の正体は、一体──。
「どうした?」
急に手を止めた六郎を見て、真志が尋ねてくる。六郎の頭に浮かんだ違和感は、ぐるぐると駆け巡っている。しかし、それを表現する言葉を、六郎は持っていなかった。
「いや、なんでもない」
そう言って、六郎は文集のページを再度めくり始めた。寄せ書きのページに目が留まる。
「あった……」
寄せ書きのページ、その端に、六不思議というワードを見つけた。
「ここにもあるよ」
真志が隣のページにも同じく六不思議という単語を見つける。
「でも──」
それらは、『六不思議の謎!』であったり、『六不思議を語り継げ!』という風な、単なるオカルト好きな生徒による走り書きであった。たしかに、八年前に六不思議は存在した。しかし、それ以上の情報はどこにも書かれていない。
気付けば、有里紗も彩も文集をのぞき込んでいた。いよいよ過去の六不思議に手が届いた。かし、そのこ考案者の情報には未だ辿り着けずにいる。有里紗も彩も、その点は理解できているようだ。そのとき、真志が口を開いた。
「次は教頭先生だね」
有里紗と彩が真志の方を見る。
「八年前の卒業者名簿、もし考案者が亡くなっているなら、それには載っていない。僕達がそれを知るには、それを持って教頭先生に聞きに行くのが一番じゃないかな」
真志は行き詰まったこの状況で、それでも前に進むための手段を模索していた。それに対し、彩が言う。
「でも、六不思議が作られた年の文集にすら、それだけしか載ってないんでしょう? 誰かが亡くなるくらいの大きい出来事と重なっているなら、もっと書かれていてもいいはずなのに……」
ふと、六郎の頭に、違和感が蘇る。六不思議が作られた年、日記帳、文集──。
「あ──」
六郎の発した言葉に、全員の注目が集まる。
「違う、ひとつ前だ──」
「前? 六郎くん、どういうこと?」
二人の先生に対する聞き込みから、六不思議が作られたのは八年前だ、という結論に達した。六郎の感じていた違和感は、まさにその部分に起因していた。
「桜田先生は何と言っていた?」
「えっと、たしか……。一年生の頃に先輩から聞かされて、夏休み頃にその探検ツアーをしたとか……」
「そう、八年前の夏には、六不思議はすでにあった」
その矛盾に、有里紗と彩はまだ気が付いていない。真志だけは、「そうか……」と言って本棚に駆け寄る。どうやら矛盾に気がついたらしい。
「もうひとつ。あの日記の日付は、九月だった」
「「あっ……」」
彩と有里紗は同時に声を上げた。考案者の日記、その日付が九月。ということは、夏に探検ツアーを行うことはできない。
真志が戻ってくる。手に持っているのは『九年前』の卒業者名簿と文集だ。
「でも、高橋先生は知らないって……」
有里紗が言う。六郎が答える。
「作られた年で、多少の盛り上がりはあったかもしれないが、すべての生徒が知っていたわけじゃないんだろう」
その六郎の言葉を、真志が否定する。
「いや、多少どころじゃないよ、これは。これを『知らない』なんていうのは『ありえない』」
九年前の文集、寄せ書きのページ。そこには、至るところに六不思議というワードが書かれていた。ひとつひとつの不思議についてであったり、学校の都市伝説誕生を祝うものであったり。異様なまでの盛り上がりが、そこにあった。
「これは、すごいわね」
「でも、なんで高橋先生は……」
六郎は、寄せ書きのページに目を走らせる。各クラス、一人ずつ。そして次に、卒業者名簿を開いた。個人写真のページに、目を走らせる。そして──
「いない……高橋先生が、どこにも」




