甘い夢は果て遠く
目が覚めたとき、いつも見るのはお姉ちゃんだった。
『起きなさい』ってとても優しい声で揺り起こしてくれて、他の誰にも見せない微笑みを、わたしにだけは見せてくれた。
お姉ちゃんは美しい人だ。多分、この世の何よりも。
漆のような長い髪も、オニキスのように深く玉る瞳も、何にも変えがたい美しさと色香を放っていた。
…でもそれはお姉ちゃんだから。
他の誰かがそれを持っていたとしても、きっとお姉ちゃんには叶わない。美しいものを美しいと思えるナニカを、自然と感じ取れた。
わたしは所謂“シスコン”と言うものなのだと思う。
お姉ちゃんに近づく人が許せなくて、いつもいつも、うざがられてもおかしくない位纏わり付いた。でも、そんなわたしにも笑ってくれた。
それが嬉しくて、そんな時間が大切で。
―――――だから。
開いた扉から零れて来る光に、わたしは目を細めた。
一室に閉じ込められて何年経ったのかは、甲斐甲斐しく世話をしてくれるメイド達にも判らないらしい。少なくとも人の一生より長い時であることは、確かなようだ。
薄暗い部屋には窓も無くて、退屈は誰か彼かが潰してくれていた。遊びを、世界の知識を、文字を、国の話しを、してくれた。
わたしはどうやらソル、太陽の姫君と呼ばれているらしい。
神が使えさせた使者として丁重にもてなしている、という建前で、本当は神の使者の力を独占したいだけのようだ。
大人の考えることは本当に判らない。
とか考えるとわたしも大人以上の年齢である筈なのだが、この世界に来てから一ミリさえも成長してないのだから、子供という認識のままでいいと思う。
実際、精神も達観しただけで成長してはいないようだし。
もともと達観して世界を眺めていたお姉ちゃんがどうなっているのか、と少し気になったりもするが、わたしとそう変わらない現状だと思う。
この何十年。もしかしたら何百年かもしれない。その間色々考えて、教えてもらって、調べて納得して、その結論。
「この国を纏める王、ひいては上層部までが腐っている」
眩しい、懐かしい太陽の光を後ろに背負って、目の前の男はそう言った。
物語に出てくる王子のような綺麗な容姿を持つ、金髪碧眼の青年。男嫌いだと自覚しているわたしが目を奪われるような、一見美女のような彼。
アルフと名乗ったその男に渡された、男物らしい服に身を包んだわたしは、お姉ちゃんの真似をして伸ばした長ったらしい髪を紐で結んで立ち上がる。
わたしを逃がしたことが知られたら、きっと世話をしてくれたメイドさん達に迷惑が掛かることだろう。そう思って、アルフの指示で家族ごと他国へ逃がした。
腐りきった国の上層部は、神の使者とか言っていたわたし達をどうやら恐れ始めたらしい。何十年もそのままの姿で生き続けるのだから当然だと思うが、だからといって下した決断が余りにも愚かだった。
……まず、ルナの姫君から一人ずつ、神の御許へお返しする。
災害を神の怒りだと吹聴して、使者をお返しするのだとだけ告げて、生贄の意味を込めつつ、実際はただ殺すだけ。
もしかしたら世界の崩壊とやらは本当に起こっているのかもしれない。けれどその生贄に、何故わたし達を、お姉ちゃんを使う必要があるのだ。
そう考えて、怒りを覚えた。
アルフは言った。わたしもそう思う。話を聞いたメイド達も、決心したように言ってくれた。
だからわたしは、既に王都へ連れて行かれたらしいお姉ちゃんを助けに行こう。それが世界が壊れる理由になろうとも、どうでもいい。
「勝手に呼び寄せて苦しめる被害者を使って救われる世界ならば、いっそ滅びてしまえばいい」